競争馬とは・・・

競走馬は、いろいろな属性がありますね。

馬名・・・・ 使用できる文字はカタカナのみで字数は2文字以上9文字以下。
生年月日 生まれた年を1歳とし年が明けるごとに1歳づつ増えていきます。
性別・・・・ 男馬を牡馬(ぼば)、女馬を牝馬(ひんば)と呼びます。
毛色・・・・ 鹿毛、黒鹿毛、青鹿毛、栗毛、栃栗毛、青毛、芦毛、白毛の8種類に分けられる。
馬主・・・・ 馬の所有者のこと、馬にかかる費用をすべて負担します。
生産者・・ 繁殖牝馬(仔馬をとるための牝馬)の所有者のこと。
厩舎・・・・ 馬を入れる建物のこと。一人の調教師が管理する建物全体を示すことが多い。
血統・・・・ 遺伝による能力を継ぐために重要。馬の家系図であらわされる。

posted by 競馬の錬金術師 at 07:20 | 競馬用語集 か

競馬とは何か?

競馬の面白さは、レースの過程と、駆け引き、ゴール前での叩きあい、レースで走る馬の姿にドキドキしし、
競馬新聞ににのめりこみ・・・たまりませんね。

競馬はよくわからないという人も競馬をいろんなところで見ています。
スポーツ紙やテレビのニュース、バラエティ番組やクイズ番組、小説、映画などなど競馬を素材にした映像がこれでもかと流れています。

競馬とは、そのレースで勝つ馬を予想することですね。

でも競馬を予想するには、すさまじい数の予想要素がからんできますね。
馬の能力や騎手の力、コース、展開、距離、馬場状態、天気などなど・・・

その全てを考えながら予想する。
ワクワクしますね。
競馬は、なんと奥が深いんでしょうね。
posted by 競馬の錬金術師 at 07:10 | 競馬用語集 か

ガーネットステークスって?

ガーネットステークスとは

ガーネットステークスは、中山競馬場のダート1200mで施行する中央競馬の重賞(GIII・統一GIII)競走です。

競走名は、1月の誕生石である柘榴石(ざくろいし:ガーネット)に由来していますね。

ガーネットステークスのプロファイル

ガーネットステークスは、1986年に5歳(現4歳)以上の中山競馬場のダート1200mの1400万下条件戦、翌年から1995年まで同競馬場のダート1800mのオープン特別、1996年は東京競馬場のダート1600mのオープン特別として施行されていました。

このガーネットステークスを1997年から重賞競走として新設しました。

重賞競走としての第1回は現在と同じく中山競馬場のダート1200mで施行され、現在同様にGIIIに格付けされたのです。

現在は創設年にGI競走に昇格したフェブラリーステークスや根岸ステークスの前哨戦として、ダートの短距離を特意とする競走馬が出走する重要なレースです。

出走資格は、サラ系4歳(旧5歳)以上のJRA所属の競走馬(外国産馬含む)と、JRAに認定された地方所属の競走馬(5頭まで)及び外国調教馬になります。

負担斤量条件は、ハンデキャップ戦なので荒れることが予想されますね。

総額賞金は7,460万円で、1着賞金3,900万円、2着賞金1,600万円、3着賞金980万円、4着賞金590万円、5着賞金390万円と定められています。


ガーネットステークスの歴史

1986年 中山競馬場のダート1200mの5歳(現4歳)以上の牝馬限定の1400万下条件特別、ガーネットステークスとして施行。
1987年
オープン特別に昇格。
出走条件を5歳(現4歳)以上の別定重量に変更。
施行距離をダート1800mに変更。
1989年 混合競走に指定。
1996年 福島競馬場の改修工事の調整による振替開催により東京競馬場のダート1600mで施行。
1997年
指定競走に指定。
GIIIに昇格。
ダートグレード競走格付け委員会にGIII(統一GIII)に格付け。
負担条件がグレード別定重量に変更。
施行距離をダート1200mに戻す。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「5歳以上」から「4歳以上」に変更。
ビーマイナカヤマが史上初の連覇。
鹿戸雄一が騎手として史上初の連覇。
高市圭二が調教師として史上初の連覇。
2002年
東京競馬場の改修工事の調整による振替開催により東京競馬場のダート1200mで施行。
ブロードアピールがJRA史上初となる8(旧9)歳牝馬による重賞制覇。
2003年 負担条件がハンデキャップに変更。
2006年 混合競走から国際競走に変更。

ガーネットステークスの歴代優勝馬

ガーネットステークスオープン特別・1400万下条件
施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師
1986年1月12日 ミスアミット 牝5 1:10.4 増沢末夫 尾形盛次
1987年1月18日 マキノハタ 牝5 1:52.7 根本康広 橋本輝雄
1988年1月9日 シャコーミキスキー 牝6 1:50.5 田村正光 矢野照正
1989年1月13日 タイガールイス 牡6 1:51.5 岡部幸雄 阿部新生
1990年1月6日 カリブソング 牡4 1:52.7 柴田政人 加藤修甫
1991年1月7日 タケデンマンゲツ 牡5 1:51.7 増沢末夫 元石孝昭
1992年1月11日 ブリザード 牡4 1:51.3 根本康広 橋本輝雄
1993年1月6日 ミスタートウジン 牡7 1:52.3 的場均 福島信晴
1994年1月6日 ダイカツジョンヌ 牝6 1:52.8 鹿戸雄一 相川勝敏
1995年1月7日 ダンディテシオ 牡6 1:50.2 加藤和宏 久恒久夫
1996年1月6日 タイキパイソン 騸5 1:37.1 岡部幸雄 藤沢和雄


ガーネットステークス重賞格付け以後
回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師
第1回 1997年1月12日 ストーンステッパー 牡4 1:10.8 熊沢重文 目野哲也
第2回 1998年1月10日 スーパーナカヤマ 牡4 1:09.1 武豊 小西一男
第3回 1999年1月10日 ワシントンカラー 牡5 1:10.3 柴田善臣 松山康久
第4回 2000年1月9日 ビーマイナカヤマ 牡6 1:10.2 鹿戸雄一 高市圭二
第5回 2001年1月7日 ビーマイナカヤマ 牡7 1:09.5 鹿戸雄一 高市圭二
第6回 2002年1月6日 ブロードアピール 牝8 1:10.3 武豊 松田国英
第7回 2003年1月12日 ニホンピロサート 牡5 1:10.5 横山典弘 目野哲也
第8回 2004年1月11日 マイネルセレクト 牡5 1:10.9 武豊 中村均
第9回 2005年1月9日 メイショウボーラー 牡4 1:10.2 福永祐一 白井寿昭
第10回 2006年1月8日 リミットレスビッド 牡7 1:10.5 田中勝春 加用正





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金杯って?

金杯とは


金杯(きんぱい)は勝利馬主に金の杯(さかずき)を与えることを名称とした競走名である。

現在は中央競馬に重賞が2競走(中山金杯、京都金杯。この2競走については後述)あり、地方競馬(金杯もしくは金盃)にも存在するが、出走資格・距離・開催時期等に共通点はなく、勝利馬主に金の杯(さかずき)を与えることのみが共通点といえる。また、世界各国でもGold Cupとつく競走が施行されており、文献によっては金杯と訳されることがある。

中央競馬の金杯
中山金杯
京都金杯
地方競馬の金杯
金杯 (水沢競馬場・ダート1600メートル・サラブレッド3歳)※1月に開催される場合は4歳
金盃(南関東G2) (大井競馬場・ダート2000メートル・サラ4歳以上)
園田金盃 (園田競馬場・ダート2400メートル・サラ3歳以上)
金杯 (福山競馬場・ダート1600メートル・アラブ ファン投票)
世界各国の主な金杯(Gold Cup)
ゴールドカップ(Gold Cup) (英国・アスコット競馬場・芝20ハロン)
チェルトナムゴールドカップ(Cheltenham Gold Cup) (英国・チェルトナム競馬場・スティープルチェイス3マイル2ハロン)
タタソールズ・ゴールドカップ(Tattersalls Gold Cup) (愛国・カラ競馬場・芝10.5ハロン)
ハリウッド・ゴールドカップ(Hollywood Gold Cup9 (米国・ハリウッドパーク競馬場・ダート10ハロン)
ジョッキークラブ・ゴールドカップ(Jockey Club Gold Cup) (米国・ベルモントパーク競馬場・ダート10ハロン)
アヴォンダール・ゴールドカップ(Avondale Gold Cup Handicap) (豪州・アヴォンダール競馬場・芝2200メートル)
ゴールドカップ(Gold Cup) (南阿・グレイヴィル競馬場・芝3200メートル)
コパ・デ・オロ(Copa de Oro) (アルゼンチン・サンイシドロ競馬場・芝2400メートル)
香港ゴールドカップ(香港金盃) (香港・沙田競馬場・芝2000メートル・国内GI)

中山金杯
中山金杯(なかやまきんぱい)は、日本中央競馬会 (JRA) が中山競馬場の芝2000mで施行する中央競馬の重賞(GIII)競走である。正式名称は日刊スポーツ賞中山金杯である。


中山金杯概要

1952年に中山競馬場で「日刊スポーツ賞・金杯」として同競馬場の新年最初の重賞競走として創設された。第1回はハンデキャップレースの2600mで施行されたが、1954年から別定重量戦に変更された。

創設当初は1月中旬の施行であったが、1961年より新春最初の開催に移行し、このときからハンデ戦に変更、距離も2000mに短縮された。

1970年からは関東の新春開催が東京競馬場で施行されたので、この競走も東京競馬場で施行される。ただし、1972年は関東地区での馬インフルエンザの影響で12月末から2月までの競馬開催が中止されたため、4月末の福島競馬での施行となった。

1976年より2006年(1985年を除く)まで1月5日に固定されて開催されていた。これは、地方競馬との申し合わせにより年末年始の12月29日から1月4日まで中央競馬を開催しないことになっていることと、競馬法施行規則第1条の2の中で土曜日・日曜日・祝日に加えて「一月五日から同月七日」の開催が認められているためである。

2006年に競馬法施行規則が改正されたため、2007年は1月6日の施行となり、第1回中山競馬の開催日数は7日間となる。金杯が1月5日以外に開催されるのは1985年以来となる。

1980年に関東の新春開催が中山競馬場に戻されたため、中山競馬場での施行となり、1984年にはグレード制施行によりGIIIに格付けされた。1996年から電話投票の全国・全レース発売等の環境整備に伴い、京都競馬場で施行される金杯(現在の京都金杯)との区別をするため、中山金杯とレース名が変更された。2006年から国際競走となった。

現在は、春の天皇賞や宝塚記念を目指す中長距離馬の新年度を占う重賞競走として施行されている。

出走資格は、サラ系4歳以上(旧5歳以上)のJRA所属の競走馬(外国産馬含む)及び外国調教馬である。

負担重量はハンデキャップ。

総額賞金は8,180万円で、1着賞金4,300万円、2着賞金1,700万円、3着賞金1,100万円、4着賞金650万円、5着賞金430万円と定められている。


中山金杯歴史

1952年 - 中山競馬場の芝2600mの5歳以上(現4歳以上)のハンデキャップの重賞競走、金杯として創設。
1954年 - 負担重量を別定に変更。
1960年 - 前年の9月1日から日本競馬の時計が変更になったのに伴い、時計表示が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
1961年 - 距離を2000m、負担重量をハンデキャップに変更。
1970年 - 施行場を東京競馬場に変更。
1972年 - 流行性のインフルエンザの影響で4月に福島競馬場で順延開催。
1980年 - 施行場を中山競馬場に戻す。
1984年 - グレード制施行によりGIIIに格付け。
1994年 - 混合競走に指定
1996年 - 名称を「中山金杯」とする。
2001年 - 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「5歳以上」から「4歳以上」に変更。
2006年 - 国際競走に指定。

中山金杯歴代優勝馬
回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師
第1回 1952年1月20日 サチフサ 牡4 2:46 2/5 蛯名武五郎 藤本冨良
第2回 1953年1月18日 アサトモ 牡4 2:47 2/5 古山良司 望月与一郎
第3回 1954年1月17日 ガイセイ 牡4 2:53 4/5 保田隆芳 尾形藤吉
第4回 1955年1月16日 ハクリヨウ 牡5 2:45 2/5 保田隆芳 尾形藤吉
第5回 1956年1月22日 クリチカラ 牡6 2:57 2/5 森安弘明 尾形藤吉
第6回 1957年1月20日 ホマレモン 牡4 2:44 1/5 山本勲 尾形藤吉
第7回 1958年1月19日 オンワードゼア 牡4 2:48 1/5 野平好男 二本柳俊夫
第8回 1959年1月18日 トサオー 牡4 2:47 3/5 野平祐二 松山吉三郎
第9回 1960年1月17日 カネチカラ 牡4 2:48.1 森安弘明 阿部正太郎
第10回 1961年1月3日 ヤマニンモアー 牡4 2:05.8 藤本勝彦 藤本冨良
第11回 1962年1月3日 オンスロート 牡4 2:03.3 山岡ス 中村広
第12回 1963年1月3日 カネツセーキ 牡4 2:03.4 伊藤竹男 久保田金造
第13回 1964年1月3日 トースト 牝5 2:04.1 保田隆芳 尾形藤吉
第14回 1965年1月3日 アサホコ 牡5 2:04.2 加賀武見 藤本冨良
第15回 1966年1月3日 ヤマドリ 牡5 2:03.8 森安弘明 森末之助
第16回 1967年1月3日 ヒガシソネラオー 牡5 2:06.1 伊藤竹男 久保田金造
第17回 1968年1月3日 オンワードヒル 牡5 2:04.8 牧野三雄 中村宏
第18回 1969年1月5日 ハクセツ 牝4 2:04.4 岡部幸雄 高橋英夫
第19回 1970年1月4日 スイートフラッグ 牝6 2:03.8 野平祐二 野平省三
第20回 1971年1月5日 コウジョウ 牡5 2:12.0 吉永正人 松山吉三郎
第21回 1972年4月30日 コーヨー 牡4 2:01.6 川上征雄 川上武一
第22回 1973年1月7日 クリイワイ 牡4 2:04.8 郷原洋行 大久保勝之
第23回 1974年1月6日 イナボレス 牡5 2:01.4 宮田仁 大久保末吉
第24回 1975年1月6日 ウエスタンダッシュ 牡4 2:03.1 伊藤正徳 尾形藤吉
第25回 1976年1月5日 アイフル 牡5 2:03.1 菅原泰夫 仲住芳雄
第26回 1977年1月5日 ハーバーヤング 牡5 2:02.0 岡部幸雄 稲葉秀男
第27回 1978年1月5日 シマノカツハル 牡5 2:09.7 小島太 古山良司
第28回 1979年1月5日 シービークロス 牡4 2:00.6 吉永正人 松山吉三郎
第29回 1980年1月5日 ヨシノスキー 牡4 2:08.4 的場均 佐藤征助
第30回 1981年1月5日 トロッポロード 牡4 2:02.0 中野栄治 荒木静雄
第31回 1982年1月5日 エイティトウショウ 牝4 2:04.4 中島啓之 奥平真治
第32回 1983年1月5日 ヨロズハピネス 牡4 2:02.2 伊藤正徳 尾形充弘
第33回 1984年1月5日 ドウカンヤシマ 牡4 2:01.8 大塚栄三郎 田中朋次郎
第34回 1985年1月6日 スズパレード 牡4 2:00.4 田村正光 富田六郎
第35回 1986年1月5日 クシロキング 牡4 2:01.6 岡部幸雄 中野隆良
第36回 1987年1月5日 トチノニシキ 牝5 2:02.6 蛯沢誠治 栗田博憲
第37回 1988年1月5日 アイアンシロー 牡6 2:01.9 蓑田早人 森末之助
第38回 1989年1月5日 ニシノミラー 牡5 2:00.7 武藤善則 佐藤全弘
第39回 1990年1月5日 メジロモントレー 牝4 2:00.4 横山典弘 奥平真治
第40回 1991年1月5日 カリブソング 牡5 2:00.4 柴田政人 加藤修甫
第41回 1992年1月5日 トウショウファルコ 牡6 1:59.6 柴田政人 新関力
第42回 1993年1月5日 セキテイリュウオー 牡4 2:00.5 田中勝春 藤原敏文
第43回 1994年1月5日 ヒダカハヤト 牡7 2:00.7 大塚栄三郎 森安弘昭
第44回 1995年1月5日 サクラローレル 牡4 2:00.5 小島太 境勝太郎
第45回 1996年1月5日 ベストタイアップ 牡4 1:59.3 横山典弘 松山康久
第46回 1997年1月5日 ベストタイアップ 牡5 2:01.5 岡部幸雄 松山康久
第47回 1998年1月5日 グルメフロンティア 牡6 2:01.4 岡部幸雄 田中清隆
第48回 1999年1月5日 サイレントハンター 牡6 2:00.8 吉田豊 大久保洋吉
第49回 2000年1月5日 ジョービックバン 牡5 2:01.4 山田和広 坪正直
第50回 2001年1月5日 カリスマサンオペラ 牝4 2:01.2 中舘英二 崎山博樹
第51回 2002年1月5日 ビッグゴールド 牡4 1:59.0 柴田善臣 中尾正
第52回 2003年1月5日 トーホウシデン 牡6 2:00.0 田中勝春 田中清隆
第53回 2004年1月5日 アサカディフィート 騸6 1:59.2 中舘英二 鶴留明雄
第54回 2005年1月5日 クラフトワーク 牡5 1:59.0 横山典弘 後藤由之
第55回 2006年1月5日 ヴィータローザ 牡6 1:59.4 柴山雄一 橋口弘次郎


京都金杯
京都金杯(きょうときんぱい)は、日本中央競馬会 (JRA) が京都競馬場の芝1600mで施行する中央競馬の重賞(GIII)競走である。正式名称はスポーツニッポン賞京都金杯である。


京都金杯概要

1963年に京都競馬場で「迎春賞」という競走名で芝2000mの別定の重賞競走として創設。1966年から「スポーツニッポン賞・金杯」と名称変更され、現在の中山金杯と共に新春を飾る金杯は東西2ヶ所で開催される形となる(ただし、天皇賞などと異なり東西別々の競走とされ、回次はそれぞれ別のものを使用した)。

1981年に負担重量がハンデキャップに変更となり、1984年にはグレード制施行によりGIIIに格付けされた。1996年から電話投票の全国・全レース発売等の環境整備に伴い、中山競馬場で施行される金杯(現在の中山金杯)との区別をするため、京都金杯とレース名が変更された。

2000年から距離が1600mに短縮された。2006年から国際競走となった。2006年に競馬法施行規則が改正されたため、2007年は1月6日の施行となり、第1回京都競馬の開催日数は7日間となる。京都金杯が1月5日以外に開催されるのは1985年以来となる。現在は、高松宮記念や安田記念を目指す短距離馬の新年度を占う重賞競走として施行されている。

出走資格は、サラ系4歳以上(旧5歳以上)のJRA所属の競走馬(外国産馬含む)及び外国調教馬である。

負担重量はハンデキャップ。

総額賞金は8,180万円で、1着賞金4,300万円、2着賞金1,700万円、3着賞金1,100万円、4着賞金650万円、5着賞金430万円と定められている。


京都金杯歴史1963年 - 京都競馬場の芝2000mの5歳以上(現4歳以上)の別定の重賞競走、迎春賞として創設。
1966年 - 名称を「金杯」とする。
1981年 - 負担重量をハンデキャップに変更。
1984年 - グレード制施行によりGIIIに格付け。
1993年 - 混合競走に指定
1996年 - 名称を「京都金杯」とする。
2000年 - 距離を1600mに変更。
2001年 - 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「5歳以上」から「4歳以上」に変更。
2006年 - 国際競走に指定。

京都金杯歴代優勝馬
回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師
第1回 1963年1月3日 スズカリユウ 牡5 2:07.4 松本善登 橋本正晴
第2回 1964年1月3日 カツラエース 牡5 2:05.9 松本善登 橋本正晴
第3回 1965年1月3日 コウライオー 牡5 2:04.7 上田三千夫 吉田三郎
第4回 1966年1月3日 キーストン 牡4 2:05.8 山本正司 松田由太郎
第5回 1967年1月3日 ヤマニリユウ 牡4 2:04.7 高橋成忠 柏谷富衛
第6回 1968年1月3日 アトラス 牡4 2:03.4 武邦彦 戸山為夫
第7回 1969年1月5日 ファインローズ 牝4 2:03.4 簗田善則 坪重兵衛
第8回 1970年1月4日 ホウウン 牡4 2:03.9 池江泰郎 梅内慶蔵
第9回 1971年1月5日 ケイタカシ 牡6 2:07.2 池江泰郎 浅見国一
第10回 1972年1月5日 フイドール 牡4 2:07.8 武田博 武田文吾
第11回 1973年1月7日 ユーモンド 牡4 2:08.3 福永洋一 武田文吾
第12回 1974年1月6日 ナオキ 牡5 2:01.4 佐々木昭次 田中康三
第13回 1975年1月6日 ハクサンホマレ 牡5 2:04.0 久保一秋 吉永猛
第14回 1976年1月5日 スリーヨーク 牡5 2:04.4 出口隆義 諏訪佐市
第15回 1977年1月5日 コウイチサブロウ 牡4 2:02.8 松本善登 庄野穂積
第16回 1978年1月5日 リニアクイン 牝4 2:04.0 松田幸春 松田由太郎
第17回 1979年1月5日 インターグシケン 牡4 2:02.7 武邦彦 日迫良一
第18回 1980年1月5日 グレートタイタン 牡5 2:03.4 武邦彦 吉田三郎
第19回 1981年1月5日 ウエスタンジョージ 牡5 2:00.9 加用正 北橋修二
第31回 1982年1月5日 タマトップ 牡5 2:04.4 古小路重男 奥平真治
第32回 1983年1月5日 ミスラディカル 牝4 2:02.5 音無秀孝 田中良平
第33回 1984年1月5日 ロンググレイス 牝4 2:03.6 田原成貴 小林稔
第34回 1985年1月6日 メジロトーマス 牡4 2:02.3 村本善之 池江泰郎
第35回 1986年1月5日 エーコーフレンチ 牡5 2:03.8 田島信行 安田伊佐夫
第36回 1987年1月5日 ドウカンヤシマ 牡7 2:03.2 清水英次 鹿戸明
第37回 1988年1月5日 タマモクロス 牡4 2:03.7 南井克巳 小原伊佐美
第38回 1989年1月5日 カツトクシン 牡4 2:00.5 松永幹夫 安田伊佐夫
第39回 1990年1月5日 オサイチジョージ 牡4 2:01.9 丸山勝秀 土門一美
第40回 1991年1月5日 ダイユウサク 牡5 2:00.1 熊沢重文 内藤繁春
第41回 1992年1月5日 ホワイトアロー 牡6 2:02.2 田原成貴 小野幸治
第42回 1993年1月5日 エルカーサリバー 牝4 2:01.4 山田泰誠 田中良平
第43回 1994年1月5日 エイシンテネシー 牝5 2:02.8 田原成貴 坂口正則
第44回 1995年1月5日 ワコーチカコ 牝5 1:59.7 O.ペリエ 伊藤雄二
第45回 1996年1月5日 テイエムジャンボ 牡5 1:59.7 河内洋 布施正
第46回 1997年1月5日 イシノサンデー 牡4 2:02.3 四位洋文 山内研二
第47回 1998年1月5日 ミッドナイトベット 牡4 2:00.6 O.ペリエ 長浜博之
第48回 1999年1月5日 ヒカリサーメット 牡5 1:59.5 河内洋 柳田次男
第49回 2000年1月5日 キョウエイマーチ 牝6 1:33.4 秋山真一郎 野村彰彦
第50回 2001年1月5日 ダイタクリーヴァ 牡4 1:33.4 松永幹夫 橋口弘次郎
第51回 2002年1月5日 ダイタクリーヴァ 牡5 1:33.8 武豊 橋口弘次郎
第52回 2003年1月5日 サイドワインダー 牡5 1:33.7 四位洋文 北橋修二
第53回 2004年1月5日 マイソールサウンド 牡5 1:33.3 本田優 西浦勝一
第54回 2005年1月5日 ハットトリック 牡4 1:34.0 武豊 角居勝彦
第55回 2006年1月5日 ビッグプラネット 牡4 1:34.0 和田竜二 南井克巳


金杯(東西)制覇ドウカンヤシマが1984年に金杯(東)、1987年に金杯(西)を制し、中央競馬の金杯の両競走制覇を成し遂げている。東西金杯をともに勝利した馬はこの1頭のみ。






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厩舎とは


厩舎とは

馬や牛などの家畜を飼う小屋のこと。
競馬において、調教師が管理する施設・組織の総称。

厩舎(きゅうしゃ)は、競馬において、調教師が管理する施設・組織の総称として用いられる言葉である。競走馬と調教師の管理関係を表わす際に多く用いられ、たとえば「競走馬Aの管理調教師はB」という表現の代わりに「競走馬AはB厩舎所属」という表現が用いられる。

中央競馬においては、厩舎は美浦トレーニングセンター、栗東トレーニングセンター内にある。厩舎には日本中央競馬会(JRA)から最大24の管理馬房が与えられる。

地方競馬においては、別にトレーニングセンターを設けそこに厩舎を置く場合もあるが、多くは競馬場に併設されている。また最近では、一定の条件のもとで民間の牧場や調教施設を利用して調教が行われる場合もある。(外厩と呼ばれる。)

厩舎では調教師のほか、厩務員や調教助手が競走馬の管理にあたる。また、厩舎に騎手が所属する場合もある。

ちなみにかつての中央競馬においては、厩舎を開業するためには調教師免許を取得するだけでなく、一定数の管理馬をあらかじめ確保する必要があった。現在ではトレーニングセンター全体の管理馬馬房数の空きに応じて、免許取得者に順次開業が許可される。しかし、開業待ちの調教師の人数に対して定年などで引退する調教師の人数が少ない年もあり、この様な時には馬房の空きが不足することがあり、その場合厩舎の開業を数年待たされるケースも発生している。



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カルストンライトオ とは


カルストンライトオ とは


カルストンライトオ 性別 牡
毛色 黒鹿毛
品種 サラブレッド
生誕 1998年5月3日
死没 現役種牡馬
父 ウォーニング
母 オオシマルチア
生産 大島牧場
生国 日本(北海道浦河町)
馬主 清水貞光
調教師 大根田裕之
競走成績 35戦9勝
獲得賞金 4億1530万円

カルストンライトオ(英語表記Calstone Light O、香港表記金鎮之光)は、日本の競走馬である。2004年(平成16年)のスプリンターズステークスに優勝した。


カルストンライトオの戦績

新馬戦、かえで賞(500万特別)を連勝し、朝日杯フューチュリティステークスに向かうも10着。その後、ファルコンステークス、アイビスサマーダッシュ、セントウルステークスなど1番人気に推されるも惜敗。4歳時のアイビスサマーダッシュにて重賞初勝利。この時の勝ちタイム(53秒7)は現在もレコードタイムである(この時,400m〜200m間の1ハロンのタイムが9.6秒という脅威の記録をマークしている)。

2004年のアイビスサマーダッシュで優勝。続くスプリンターズステークスでは、2着デュランダルに4馬身差をつける圧勝。アイビスサマーダッシュでは内枠スタートの直後に一気に外ラチまで寄ってからの逃げ切り、スプリンターズステークスでは不良馬場を利して4コーナーでの驚異的な再加速で後続を突き放しての優勝であり、鞍上の大西直宏のこの馬の性質を理解した好騎乗が光る結果となった。

カルストンライトオの2005年は、阪急杯2着、高松宮記念4着の後、アイビスサマーダッシュに出走。単勝1.8倍の1番人気に推されるも、59 kgの斤量と内枠が響いたか、4着となる。次走のスプリンターズステークスでは、一時直線で抜け出すも10着に終わる。

カルストンライトオは2005年11月2日付けで競走馬登録を抹消。その後は北海道・静内町レックススタッドにて種牡馬となった。現代ではもはや数少なく、貴重なマンノウォー系の血統であり、ある意味重要な血を伝えるべき種牡馬である。

新設されたばかりの新潟の直線コースでの重賞(アイビスサマーダッシュ)を出走機会連勝(5歳時はコズミで出走出来ず)していることや、3ハロン30秒を切る猛烈な加速を見せあとは粘りこみを図る競馬スタイルがファンの支持を得た。意外にスタートは平凡であり、むしろスタートしてからの圧倒的な加速力とゴール前での粘り込みが特徴的な馬であった。


カルストンライトオの主な勝ち鞍2002年
アイビスサマーダッシュ(GIII)
2004年
アイビスサマーダッシュ(GIII)
スプリンターズステークス(GI)
カルストンライトオの血統 マンノウォー系/Native Dancer5×4=9.38%


*ウォーニング
Warning
1985 鹿毛 Known Fact
1977 鹿毛 In Reality Intentionally
My Dear Girl
Tamerett Tim Tam
Mixed Marriage
Slightly Dangerous
1979 鹿毛 Roberto Hail to Reason
Bramalea
Where You Lead Raise a Native
Noblesse


オオシマルチア
1990 黒鹿毛 *クリスタルグリッターズ
Crystal Glitters
1980 鹿毛 Blushing Groom Red God
Runaway Bride
Tales to Tell Donut King
Fleeting Doll
オオシマスズラン
1978 鹿毛 *カウアイキング Native Dancer
Sweep In
ネバージョオー *ネヴァーベンド
グンシン F-No.10-b



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競馬新聞とは


競馬新聞とは


競馬新聞(けいばしんぶん)は中央競馬・地方競馬における競馬の予想紙のことであり、競馬専門紙(けいばせんもんし)とも呼ばれる。発行は原則として競馬開催日となるが、中央競馬の場合はレース前日夕方から主要駅売店、コンビニエンスストア、書店、競馬場や場外勝馬投票券発売所で発行される。

日本国内における競馬新聞の発祥は、1924年(大正13年)に関西の競馬を予想の対象に発売された「中島高級競馬號」(通称:中島競馬號、現在は高知競馬場で発売されている)とされる。現在もほぼすべての競馬新聞を含む予想紙で使われている予想印も、同紙が最初に採用したものである。

競馬新聞は狭いスペースに多くの情報を詰め込むためにさまざまな表現法を駆使しており、「世界でもっとも情報密度の高い新聞」とされている。

なお,各スポーツ新聞も競馬欄などの充実を競っていて,競馬新聞同様の情報を載せている。


競馬新聞の構成
競馬新聞は限られた紙面に多くの情報を盛り込まなければならないため,特別な構成になっている。

各レースごとに出走馬ごとの欄が出走馬分組まれ,それがあたかも柱のように見えるため,馬柱(うまはしら)と呼ばれる。

馬柱は一般的に枠番・馬番・出走馬名・負担斤量・騎手名・厩舎名・予想印(後述)・前4〜7走の成績・距離,芝・ダート別の成績などが書かれた欄で作られる。また馬柱の周囲には調教の走破タイムや関係者のコメント,トラックマンやその新聞の競馬評論家のコメントなど,馬券を検討する際に必要ないろいろな情報が盛り込まれている。

なお,通常,一面はその日のメインレース(中央競馬では主に11レース),終面は準メインレースないし他場のメインレースが組まれるが,GIレースが開催される週の土曜日は翌日のGIレースが一面,当日のメインレースが終面になる。


中央競馬の専門新聞
中央競馬の競馬新聞の発行基盤は関東・関西の両地区に分かれている。また全国規模で展開している新聞社の場合でも関東版・関西版・従場によって予想者が異なる場合が多い。関東もしくは関西のみで発行の専門紙では直接競合しないため、東西間で情報交換等の提携が行なわれているほか、同一地区内でも提携が行なわれることもある。

専門紙各社間で競馬新聞協会が結成されており、競馬場やWINSにおいて協会加盟紙の合同販売が行なわれているほか、JRA賞・顕彰馬選定の投票権が与えられている。そのため、たとえスポーツ新聞系列でも協会に加盟していない専門紙(競馬エイト・馬三郎)に所属する記者には投票権は与えられていない。


全国対象
競馬ブック
競馬エイト
ホースニュース・馬
1馬・セイコー馬券教室

関東のみ
競馬研究
日刊競馬
ダービーニュース(関西の競馬ダービーとは関係ない)
勝馬
競友
トータライザー
馬三郎(一時期は関西でも発行していた)
ケイシュウニュース(現在は中央競馬版は休刊。南関東地方競馬版のみ)

関西のみ競馬ニュース
競馬ファン
競馬ニホン
競馬ダービー(関東のダービーニュースとは関係ない)
競馬キンキ(現在中央競馬版は休刊。兵庫県競馬組合の専門紙となっている)
競馬サイエンス(休刊中)

地方競馬の専門新聞

地方競馬では地区単位で競馬新聞が発行されている。例えば南関東地区のように中央競馬版も発行している専門紙が大部分を占めている地区もあれば、岩手地区のように区域内のみで発行の専門紙で占められている地区などその形態はさまざまである。また同一タイトルの専門紙が複数地区で発行されているが資本関係が無い場合もある。


各地区の専門新聞
ホッカイドウ競馬
競馬ブック、ホースニュース馬
ばんえい競馬
競馬ブック、ホースニュース馬
岩手
いわて馬、HORSE NEWS エイカン、勝馬、ケイシュウNEWS
南関東
勝馬、ケイシュウニュース、競馬研究、ダービーニュース、日刊競馬、ホースニュース馬
東海
競馬エース、競馬東海
金沢
競馬カナザワ、競馬キンキ、競馬ホクリク、的中ニュース・フォーカス、ホープ
兵庫
競馬キンキ、園田ニュース
福山
福山エース、福山キンキ、福山特報
高知
競馬研究、中島競馬號、福ちゃん
佐賀
競馬日本一、通信社
荒尾
競友ニュース、ベスト、ホース

海外の競馬新聞
競馬新聞は1紙もしくは数紙程度で国内のシェアが占められていることが多い。予想提示の際には先述の予想印を用いることは無く、有力馬を列挙する形となっている。

デイリーレーシングフォーム(Daily Racing Form、アメリカ)
パリチュルフ(Paris Turf、フランス)
レーシングポスト(Racing Post、イギリス)

関連項目
予想紙





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ギャンブルとは


ギャンブルとは


ギャンブル(賭博(とばく)、博打、博奕、ばくち)とは、金銭や品物などの財物を賭けて偶然性の要素が含まれる勝負を行い、その勝負の結果によって賭けた財物のやりとりをおこなう行為の総称である。

ギャンブル概説
人の射倖心をくすぐり、時に中毒的な依存状態になる人もいる。

日本語において「ギャンブル」「博打、博奕、ばくち」「賭博」の各語は、その意味するところが多少異なっていると一般には考えられている。 賭博は「賭事」と「博技」の合成語である。「賭事」とは、(賭ける人間が介入し得ない)偶然に賭ける種類のギャンブルで、競馬、サイコロ、野球、富くじなどが挙げられる。「博技」とは、賭ける人間の技量が勝敗を決する種類のギャンブルで、麻雀、ゴルフなどが挙げられる。

日本において「賭博」は刑法によって(一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときを除いて)禁止されているが、賭博にはあたらないものの、賭博的な要素を持つ遊技を指して「ギャンブル」と呼ぶことが多い(なお、身内などでの賭博は違法にはあたらないと言われている)。

また、各種商品相場の先物取引や株式の購入など、通常であれば商取引あるいは投資の範疇に含まれる行為のうち、投機と呼ばれるハイリスク・ハイリターンな取引(当たれば巨額の利益が得られるが、相場の値下がりなどによる投資額の損失リスクが高いもの)については、広い意味での「ギャンブル」に含むことがある。


日本におけるギャンブル日本では、地方自治体などによって主催される(いわゆる)公営ギャンブルおよびパチンコなどの各種遊技が行われている。

それぞれに適用される法律が異なる。競艇・競輪・オートレースは20歳以上であっても学生・生徒は投票券を購入できないが、競馬は20歳以上、パチンコは18歳以上であれば学生・生徒でも遊技できる。(自主規制で、高校生は遊技できない店もある。)


公営ギャンブル日本における公営ギャンブルは、大別して公営競技と公営くじの2つに分類できる。なお、「公営ギャンブル」といえば広義ではこの2つを指すが、狭義では公営競技のみを指す。これ以外にも財源難に苦しむ地方自治体を中心に特別法の制定による公営カジノの設置を求める動きがみられる。


公営競技
現在開催が許可されている公営競技は以下の4つに限られている。頭文字をとって三競オート(さんけいおうと)と呼ばれる。

競馬
競艇
競輪
オートレース
これらの公営競技では、投票券が販売されており、勝利する競走対象を予想した投票券を購入し、予想が的中すれば、配当金を受け取ることができる。投票券の売上から、凡そ25%が胴元に取られ、残りの金額を的中者が山分けにする。例えば、10万円もった人が1000人やってきて、一日10R、毎レースで有り金勝負をしたとするなら、10R終了後に、胴元の手許には9436万円が残る。

場外発売所があると、来場者の能力によっては、自所だけでの売上で払戻金を賄えないこともありえる。中央競馬における福島競馬場が現金を運び込む競馬場として知られている。

投票券はいずれも、

未成年者
学生・生徒
は購入並びに譲受が禁止されている。ただし競馬のみ20歳以上であれば、学生・生徒であっても勝馬投票券の購入並びに譲受が可能である。

公営競技は長年にわたり地方自治体の貴重な収入源となってきたが、近年では一般大衆の「ギャンブル離れ」の影響を強く受けて不採算化が著しいため公営競技事業そのものを廃止する事例が出始めている。


公営くじ
公営くじは大別して宝くじとスポーツ振興くじの2つに分類できる。 宝くじは当せん金付証票法を準拠法とし、都道府県知事又は指定都市によって行われる富くじの一種である。 宝くじ(ナンバーズ、ミニロト、ロト6などの数字選択式全国自治宝くじを含む)は、他の公営ギャンブルとは違い、くじの購入・当せん金の受け取りに年齢制限は無い。 日本国内で外国の宝くじを購入すると刑法によって罰せられる可能性がある。

また、2001年よりJリーグを対象としたスポーツ振興くじ (toto) も日本で行われ始めた。スポーツ振興くじは19歳未満の購入ならびに譲受が禁止されている(ただし、学生生徒も19歳以上なら購入、譲渡可能)。


その他のギャンブル
ギャンブル的な要素を持つ遊技としてはパチンコ、パチスロが広く知られており、これらはパチンコ店にある。この中で特にCR機(玉を貸し出すためのプリペイドカードを読み取らせるパチンコ機)の導入以降、1回の大当たり(特賞)の入賞球を増やしたり、確率変動(確変)の導入により、大当たりの確率を高めたりして、代わりに特賞以外の入賞球を減らすなど、射幸心を煽る傾向にある。そのため、確変・特賞が続けば大量の入賞球が獲得できるが、そのための投資も大きい、いわゆるハイリスク・ハイリターンとなり、ギャンブル性が増大しておりパチンコ税の導入の必要性などが議論されるようになっている。

また、麻雀店(雀荘)などにおける麻雀も一般にはギャンブル的な要素を持つ遊技として認識されているが、金品のやりとりを伴わずに純粋に競技として行う場合のほか、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは賭博とはならない。しかし、高額な金品を賭けた場合などには賭博として摘発されることもある。

このほか、換金できないチップを用いて店内に設置したルーレットなどで遊ぶことでカジノ的な雰囲気を楽しむことができるカジノバーなども存在している。 また、これら合法的なカジノバーを隠れ蓑に、ヤミのカジノが開帳されることもあり、これらは賭博として摘発されることもある。

なお、パチンコ店や雀荘などは風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風適法)によって18歳未満の立ち入りが禁止されているほか、営業時間などの制限がある。

業として行われるもの以外でも、偶然性の要素が含まれる勝負を行うゲームについては全てギャンブルの対象となる可能性がある。たとえばすでに挙げた麻雀のほか、囲碁、将棋、花合わせやこいこいなど花札を使って行う各種のゲーム、ポーカーやブラックジャックなどトランプを使って行う各種のゲーム、ちんちろりんや賽本引(さいほんびき)などサイコロを使って行う各種のゲーム、おいちょかぶ、バカラ、手本引(てほんびき)などのゲームがギャンブルの対象として知られている。

また、スポーツの結果を利用して行われるギャンブルもある。 野球の結果を利用した野球賭博、サッカーの結果を利用したサッカー賭博(トトカルチョ イタリア語でtotoが賭博や籤、calcioがサッカーの意 一時期“野球トトカルチョ”なる表記があったがこれは誤り)などがある。 スポーツの結果を利用したギャンブルの場合、チーム間の実力の差によっては勝敗結果が容易に予想できるため、ギャンブルとしての面白味に欠け、賭けが成立しない場合がある。そこで、結果にハンディキャップをつけたり、 配当に変化を付けるなどの操作が加えられ、より偶然性を高めることがある。 スポーツの結果を利用したギャンブルが露見した場合、これらの操作が 賭博場を開帳し、又は博徒を結合して利益を図ったと認定され、賭博として 摘発されることがある。

このほか、公営競技の結果と配当を利用して行われるノミ行為もあるが、 各公営競技の準拠法によって禁止されている違法行為である。


ギャンブル関連法律
刑法 第2編第23章 賭博及び富くじに関する罪
(賭博)
第185条 賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。
(常習賭博及び賭博場開帳等図利)
第186条 常習として賭博をした者は、三年以下の懲役に処する。
2 賭博場を開帳し、又は博徒を結合して利益を図った者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
(富くじ発売等)
第187条 富くじを発売した者は、二年以下の懲役又は百五十万円以下の罰金に処する。
2 富くじ発売の取次ぎをした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
3 前二項に規定するもののほか、富くじを授受した者は、二十万円以下の罰金又は科料に処する。
競馬法
日本中央競馬会法
モーターボート競走法
自転車競技法
小型自動車競走法
当せん金付証票法
スポーツ振興投票の実施等に関する法律
風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律

日本以外におけるギャンブル各地に多種多様なギャンブルが存在し、もっとも有名なものはカジノである。また英国にはブックメーカー(bookmaker)なども存在する。また、日本にもあるパリミュチュエル方式(parimutuel)でも、日本より種類が豊富である。

一方でイスラム教圏では宗教上、ギャンブルを行うことは戒律違反であるため、ギャンブルそのものが無い。競馬などは存在するが、これらは単にスポーツであり、ギャンブルの為のものではない。勝ち馬を当てるゲームはあり、勝ち馬の予想を当てると賞品がもらえる。しかし、お金を賭けているわけではないのでギャンブルではない。


ギャンブルに関するその他の情報

ギャンブル作家、ライター
阿佐田哲也
山崎一夫(銀玉親方)

ギャンブル映画
麻雀放浪記

ギャンブルブロードウェイミュージカル
ガイズ&ドールズ
日本には宝塚歌劇団がいち早く紹介した。初演時の主要キャストは大地真央・黒木瞳など。

ギャンブラー桜井章一
荒正義
小島武夫
久我大樹
森巣博

ギャンブル依存症者ギャンブルの強迫観念に抵抗できない人びと。自己の生活基盤、価値観、仕事や学業、家族や友人などの人間関係を犠牲にしてもギャンブルを続けてしまう。ギャンブル依存症は進行性で完治することはない精神的な病気。


ギャンブル職業
予想屋
記者(予想紙・競馬新聞など)

ギャンブル地名ラスベガス
アトランティックシティ
モンテカルロ
マカオ
ウォーカーヒル(ソウル)
博奕岬(「勝負=博奕」と言い換えた地名で、厳密にはギャンブルと直接関係ないが)

おもな賭博事件
黒い霧事件



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競馬のダートコースとは


競馬のダートコースとは

一般に、競馬におけるダートコースは芝のコースに比べてパワーが必要であり、タイムは遅い傾向にある。芝コースに比べ、競走馬の脚部にかかる負担は少ないとされる。


競馬のダートコースのイギリス
欧州においては伝統的に芝コースにおけるレースが非常に盛んであるが、イギリスにはオールウェザー馬場(all weather track)と呼ばれるダートコースも存在する。

オールウェザー馬場にはポリトラック(Polytrack)が使用されている。ポリトラックは、ワックスされた砂、合成ゴム、ポリプロピレンファーバーの混合物である。ポリトラックの利点は、砂や土と比べ維持費が安く、悪天候時に馬場状態が悪化しにくく、競走馬にかかる負担が少ない点にあるとされる。


競馬のダートコースアメリカ
アメリカの競馬においては、伝統的にダートコースにおけるレースが非常に盛んである。

アメリカのダートの路盤は、煉瓦を砕いた赤土のような路盤となっている。アメリカのダートレースは日本の芝レース並みの走破タイムが出る。

なお、現在アメリカの競馬界においてはイギリス式のオールウェザー馬場を導入する気運が高まっている。2005年にはケンタッキー州のターフウェイ競馬場が導入し、翌2006年にはカリフォルニア州競馬委員会も導入を決定した。


競馬のダートコース日本
中央競馬では戦後、日本中央競馬会が冬季間の芝コースの保護を目的としてのコースを参考にしてダートコースを導入した。そのため当初ダートコースの路盤は土が主体であったが、日本の気候条件下では雨が降ると泥濘と化すという問題が生じ、現在では砂主体に置き換わった。アメリカのダートと比べてスピードよりもパワーが求められるという特徴がある。

地方競馬の競馬場は、芝コースの管理について技術的にも資金的にも制約があることから、ダートコースの内側に芝コースがある盛岡競馬場を除き、ダートコースのみで構成されている。

ダートコースが導入された経緯の違いから、中央競馬と地方競馬との間ではダートレースの扱いに大きな差があり、1997年以前の中央競馬にはGI格のレースすら存在しなかった。

現在、ダートグレード競走格付け委員会で格付けされたGIは12競走ある。うち10競走は地方競馬で開催され、中央競馬ではフェブラリーステークスとジャパンカップダートの2競走(中央競馬のダートGIはダートグレード競走格付け委員会でもそのままGIに格付けされている)が施行されている。

かつて砂コースというものが存在した。これは現行のダートとはやや質が異なるもので、当時の重賞競走の記録等にも「砂」と記載されている。中京競馬場の場合、1953年に砂コースのみで開場している。重賞競走では1971年の中京記念で使用されたのが最後で、ほどなくダートコースに改修されている。札幌競馬場の場合は1968年に砂からダートに改修されており、それ以前の札幌記念は砂コースでの施行であった。


モータースポーツのダート
オートバイによるダートコースで競われるレースにはダートトラックレースがある。

また、オートレースも開催当初はダートであった

自動車でダートコースでタイムを競うレースにはダートトライアルというものがあります。

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競馬場とは


競馬場とは
競馬場(けいばじょう)とは、競馬を行う施設である。

狭義の競馬場は競走馬によるレースを行うためのコース(馬場)そのものを意味するが、多くの場合、レース観戦のためのスタンドなど、コース周辺に設置されるさまざまな施設をも含めた総称を競馬場という。


競馬場の基本的な構造

競馬場のレース用コース

競馬場のコースの材質レース用コースには芝のコースと土(ダート)のコースとがあり、いずれか一方のコースまたは両方のコースが設けられる。

日本の中央競馬の芝コースは競馬場によって野芝のコース、洋芝のコース、「オーバーシード」を施したコースとあり開催時期に合わせて管理されている。

近年はゴムや電線の被覆絶縁体等の廃材、ワックスされた砂、弾力性のある繊維などを混合したポリトラックと呼ばれる素材を利用した全天候型のコースが複数の競馬場で採用されている。


競馬場のコースの形態
コースレイアウトは、一般的にはトラック状が多いが、そうでないものも多い。トラック状であっても歪な形をしたコースや、直線を組み合わせたコースなどさまざまである。

日本においてはばんえい競馬を除き、トラック状のコースが採用されている。米国にはトラック状のコースが多い。ヨーロッパではもともとの自然の地形を利用して設計された競馬場が多いため、不定形な形状のものが多い。

なお、日本においては観客席からみて目の前の直線の最後にゴールが設けられている。


競馬場のスパイラルカーブ
スパイラルカーブとは、入口から出口にかけて半径が小さくなる複合曲線によって構成されるコーナーのこと。進入時(1コーナー、3コーナー)にゆるやかで、徐々に2コーナー、4コーナーになるにつれてきつくなるため、コーナー進入時はスピードを落とさずに進入でき、徐々にコーナーがきつくなるので外に膨らみやすく、最後の直線で馬群がばらけやすいといわれている。

中央競馬のローカル開催場、あるいは地方競馬場の多くのコーナーがスパイラルカーブを採用している。これらの競馬場は4大主場(東京競馬場、中山競馬場、京都競馬場、阪神競馬場)に比べてコースの幅員が狭い上、最後の直線が短い。そのため、最後の直線でコースロスの少ない内側に馬が密集してしまうと、前の馬を裁くのに手間取り、差しや追い込みが決まりにくくなってしまう。進路妨害行為や落馬事故発生の可能性も充分考えられる。結果、多くの競走が逃げ、先行だけで決まってしまうという単調なものになってしまうため、競走をより多様なものにするのにスパイラルカーブが導入されている。また、最後の直線が短いことから、3コーナー手前、早い場合には向こう正面から、後方にいた馬がコースの外側を回り、内側の馬を捲くっていく戦法も多く取られるが、これもコーナー進入時にスピードを落とさなくていいスパイラルカーブの特性が生かされている。


競馬場のコースの呼称

競馬場の日本の場合
日本の競馬場は多くの場合、長円形をしており、長い2本の直線と、90度に方向転換する4つのカーブで構成されている。日本ではこれらの4つのカーブに特定の名称が与えられている。

ゴールを過ぎて最初のカーブから順に、第1コーナー、第2コーナー、向こう正面の直線、第3コーナー、第4コーナーと呼ぶ。再び手前の直線(最後の直線)に戻ってくる。通常は第4コーナーがその競走で最後のカーブとなり、特別に最終コーナーと呼ぶ。これはあくまでもゴールからの通過順をもとにした名称であり、向こう正面から競走がスタートした場合にははじめに通過するコーナーが第3コーナーである。

競馬は競走が行われる距離によってスタート地点が変わる。例えば東京優駿(日本ダービー)は、東京競馬場の2400メートルで行われ、手前の直線の半ばからスタートし、第1コーナー、第2コーナー、向こう正面の直線、第3コーナー、第4コーナー(最終コーナー)、最後の直線、ゴール、という順で、概ねコースを1周する。小さい競馬場では、同じ2400メートルでも1周では足りないので1周半になることがあり、向こう正面からスタート、第3コーナー、第4コーナー、手前の直線、第1コーナー、第2コーナー、向こう正面の直線、第3コーナー、第4コーナー(最終コーナー)、最後の直線、ゴール、となる。この場合当然、第3コーナーや第4コーナーは2回通過することになり、「1周目の第3コーナー」などと表現することもある。1回目の第4コーナーを「最終コーナー」とは呼ばない。

競馬に関する文章では表記を簡略化するため、「コーナー」を「角」と表記し、第1コーナーを「1角」、第2コーナーを「2角」などと表すことがある。ただし通常、第4コーナーは「4角」であって、「最終角」とは言わない。例えば第3コーナーで先頭にたってそのままゴールした場合に、「3角先頭」などと表現する。通常、口語ではこれらの表現は用いない。

なお、ゴールまで残り3ハロン(600m)の地点を競馬関係者らは「三分三厘」と呼ぶ。

コースにはしばしば人工的な勾配が設けられ、「坂」と呼ばれる。坂はゴール前に設けられることが多い、それ以外の別の場所にも存在することがある。(登ったぶんどこかで降らなければいけない。)ただし、通常、最後の直線に設けられているもの以外を「坂」とは認識しないことが多い。例外的に京都競馬場は第3コーナー手前の上り坂を「坂」と言う。京都競馬場には最後の直線に坂がないためである。


競馬場の米国・ヨーロッパの場合
コースのカーブに「第1コーナー」などの名前がついておらず、順に"first turn"、"second turn"、"third turn"と呼ぶ。したがって日本のように、「第3コーナーからスタート」とか「第4コーナーを2回通過する」というようには表現しない。

最後の直線に入る手前のカーブを特別に「タッテナムコーナー(tattenham corner)」とか「タッテナム(tattenham)」と呼ぶことがある。元来のタッテナム(Tattenham)とは、英国ダービーが行われるエプソム競馬場の最後のカーブ地点近辺の地名であり、通常「タッテナムコーナー」とはこのエプソム競馬場の最後のコーナーのことであるが、転じて、他の競馬場でも「最後のカーブ」の意味で用いられることがある。エプソム競馬場の最寄り駅は「タッテナムコーナー駅」である。「タッテナムコーナー」は単に「最後のカーブである」という順番を表すだけでなく、「ここからが最後の勝負である」というような意味合いもあり、日本語の「天王山」に近いニュアンスを持っている。

ヨーロッパの競馬場によく見られる勾配は、もとの自然の地形を反映していることが多く、「丘(hill)」と表現される。


競馬場のコース内の設備・装置

競馬場のラチ
コースの内側および外側には柵(競馬関係者はラチ(埒)と呼ぶ)が設けられる。芝コースについては、コースの内側の移動式の柵(移動柵)[1]を内外に移動させている。これはコースの特定の部分が集中的に痛むことを避けるために用いられる柵である。


競馬場のハロン棒ゴールまでの距離を表示する目的で、コース内に設置されている標識をハロン棒という。 詳細についてはハロン棒を参照。


競馬場のゴール板コース内、競馬競走における優勝劣敗を決するゴール地点に設置されている。多くはスタンド前に設置される事が多い。スタンド内より撮影する判定写真を反対側からも撮影するために必要な縦長の鏡の板が設置されている事からゴール板と呼ばれる。

日本の中央競馬の様に芝とダートなど複数のコースがある場合は、それぞれに1箇所ずつ設置されている。ただし、障害専用コースには設置されず、障害競走の場合は基本的に最終のコーナーで外側のダートコースもしくは芝コースに進出してゴール地点を目指す。

近年は各競馬場ごとにこのゴール板に装飾が施されており、競馬場の特色の一つにもなっている。


競馬場の発馬機
出走馬がスターターの合図で一斉にスタートを切ることができるように考案された装置。当初は旗を振り下ろす事で合図としていたが、後にバリヤー式発馬機が導入され、さらに現在ではゲート式のスタートで実施されている。(なお、1971年まで存在した繋駕速歩競走では、距離によるハンデだった為、スターターの振り下ろす赤旗がスタートの合図で、最後まで行われたほか、一時的にはモービルゲート方式が使用されていた事もある)

競馬場のバリヤー式(濠州式バリヤー)
横に佇立させた出走馬の前に「スターティングバリヤー」と呼ばれる棕櫚縄のロープ(ネット)をフックを利用して張り、発馬担当者のレバー操作でフックを外すとそのロープが上方に跳ね上がり、これをスタートの合図とする。装置は簡便であるが、発走前の位置取りで騎手間の牽制があったり、突進や出遅れなどの問題が多く、現在のゲート式に切り換えられた。なお、バリヤー式には、軟式バリヤーと硬式バリヤーの2種類があった。
日本の競馬では1926年にこの方式が導入されたが、現在は使用されていない。
現在は競馬先進国ではほとんど用いられない方法であるが、欧州の障害競走では現在でも使用されており、30頭以上の多頭数が出走する英国のグランドナショナルなどで、日本でもこのバリヤー式によるスタートを見る事が出来る。

競馬場のゲート式
現在、世界的に見ても主流のスタート方式である。多くは電磁石や金具などで開扉する機構を持つ可搬式のスターティングゲートを使用する。枠で仕切ったゲート内に出走馬を佇立させ、発馬担当者の制御によるゲートの一斉開扉をもって競走のスタートとする。
バリヤー式スタートの欠点を解消したスタート方法であるが、馬には本質的に狭所を嫌う性質がある為、ゲートに入れる為にはトレーニングが必要な上、トレーニングにより可能となっても環境が異なる実際のレースでは難渋し、最悪の場合には競走除外の措置となったケースも存在する。また、気性の極めて激しい馬の場合には、このゲート入りがどうしてもクリアできずに、結果として競走馬失格となる場合も見受けられる。

日本で最初に導入したのは1953年の大井競馬場を初めとする地方競馬の南関東地区である。これに用いられたのは「宮道式(みやじしき)」と呼ばれる電磁石の力だけで開閉を制御するものである。またこれは金具を使わず磁力のみによって扉を閉じているため、暴れた馬が突破してもゲートが開くだけで破損が置きにくく、メンテナンスが容易という利点を持つ。
地方競馬では現在でもこの宮道式の改良型を使用している所が多い。他方、近年はJRAからの中古品などを導入している競馬場も存在するが、ゲートの牽引車が宮道式の場合はトレーラーヘッドであるのに対し、JRA式のものはトラクターによる牽引であるため、判別は容易である。

「宮道式」の名は開発者である宮道信雄の名に由来する。
中央競馬では1960年7月2日の小倉競馬場の3才戦(※旧年齢表記)から導入された「ウッド式発馬機」が最初である。これは当時、ニュージーランドの競馬で用いられていたゲートを参考に中央競馬会が開発したものといわれ、当初のものは足元にパイプがあり馬が躓くなど問題のある構造であった。しかし、それ以降の幾次にも渡る改良により、現在使用されているゲートは世界的に見てももっとも安全な競馬用発馬機の一つと言われ、海外の競馬場にも輸出されるほどになっている。

現在のJRA式と呼ばれるゲートは、金具と電磁石の併用による電動開扉をするシステムとなっている。その為、馬のゲート突破などによる金具の破損などの問題により外枠発走などの競走結果にも関わる問題が生じる欠点が、地方競馬で主流の「宮道式」との比較などで指摘されている。

競馬場のスターター台
発馬機内の馬を監視し、的確なゲートの制御を行うためにスターターが立つ台。現在使用されているものはほとんどが自走式になっており、トラックの荷台部分に載せられたスターター台がスイッチで自在に昇降するシステムになっている。これと発馬機をケーブルで接続し、ゲートの開扉を制御している。自走式であるため、レースに応じてゲートと共にスタート地点に移動する。

なお、現在主流の自走式のスターター台が普及する以前は、梯子で上る固定式のスターター台がコースの各スタート地点毎に設置されていた。この固定式のスターター台は現在でも川崎競馬場の1600m戦のスタート地点などでは見る事ができる。


競馬場のパトロールタワー
競走馬の走路の各コーナーの外側に設けられた監視塔の事である。基本的に1つのコーナーに対し、その形状に応じて1〜2箇所設置されいる。

上部には小部屋が設置され、ここにはレース中には走路監視員が執務し、競走中にインターフェア(妨害)の有無や、騎手の騎乗中の挙動、競走馬の故障事故などについて監視する。また、パトロールタワーにはカメラが設置され、裁決委員が競走監視用として使用するパトロールビデオの撮影も行う。

競馬場の待機所レースのスタート地点後方やコースの隅に作られた屋根付きの建物で内部には砂がひかれている。馬場入場後返し馬を行った後は発走までここで待機する。


競馬場のコース以外の設備

競馬場のパドック下見所(したみじょ)とも呼ばれ、出走直前の競走馬が周回する場所。通常はトラック状に舗装された部分を、厩務員や調教助手などに引かれて競走馬が周回する。馬券を購入する場合にはパドックが競走馬の体調を見極めるための場所となる。

競走馬は誰も騎乗していない状態で周回をはじめるが、途中で騎手が騎乗し、そのままの状態でコースへと向かう。

日本の競馬場の場合、多くはスタンド隣接地やコース外周部に隣接する場所に設置されているが、笠松競馬場はコース内側に設置されている。


競馬場のオッズ板トータボードとも呼ばれ、次に行われるレースに出走する競走馬の競走馬名や馬体重、背負わされる斤量、騎乗する騎手の名前、馬券のオッズ(倍率)などの情報を表示する電光掲示板。パドックの側にある。競馬場によってはフルカラーLED仕様もあり映像を放映することも可能となっている。


競馬場の大型映像装置
主にスタンド前や馬場内地区、競馬場によってはパドック付近にいる来場者に情報を提供する為に設置される。レース映像や馬場入場の放映、払戻金の表示等を行なう。中央競馬では『ターフビジョン』と総称される。2006年秋季に東京競馬場に設置されたターフビジョンが面積660m²で世界最大の大型映像装置となった。地方競馬では川崎競馬場にある『キングビジョン』が面積496m²、最大視認距離は250mで、設置当時は世界最大であった。


競馬場の着順掲示板レース走行中は先行の3頭、入線後は上位5着までの着順が点滅しながら表示される。中央競馬の場合、レースの着順が確定した時は「確」の文字が表示され赤ランプが点灯し着順表示の点滅が止まる。審議が行われている時には「審」の文字が表示され青ランプが点灯する。他には着差やレースのタイム、馬場状態等が掲示されている。なお、地方競馬では点滅やランプ色、未確定時の表示方法などについては競馬場により異なる。また色ランプが無く文字のみの所が多く、未確定時には「未」「通過」などの文字が表示される所もある。また大型映像装置が着順掲示板を兼ねている所もある。

東京競馬場の新しいターフビジョンでは赤ランプ、青ランプは設置されず、「確定」、「審議」と表示される。なお審議により降着等があってレースが確定した場合に用いられていた上が赤で下が緑のランプは中央競馬全場で使用されないことになった。


競馬場の賞典台
レースで優勝した競走馬の関係者(調教師、厩務員、馬主、生産者など)を表彰するための場所。また各種イベントの際に使用される事もある。中央競馬の競馬場では「ウイナーズサークル」と呼称する。


競馬場の食堂たいていの競馬場では、様々な店舗が入っており、そこで食事をすることができる(指定席エリアに指定席客専用の食堂が存在する競馬場もある)。多くはラーメンや丼物、ファーストフードを中心とした軽食を食券制やセルフサービスで提供しているが、一部では寿司やステーキ、会席膳などを出す店舗も見られる。また、テナントとして有名ホテルがレストランを出店している所もある。

競馬場の特徴あるメニューとしては、「勝つ」にかけて「カツ」料理を「勝丼」、「勝カレー」などと称して販売している店舗がよく見受けられる。そして、多くの競馬場にある種の「名物メニュー」が存在し、多くのファンの興味や人気を呼んでいる。

競馬場の名物と言われる食べ物
北見競馬場 − ばんば焼き(今川焼きである)
盛岡競馬場 − ジャンボ焼き鳥
浦和競馬場 − アジフライ、きゅうり、カレーライス
川崎競馬場 − たんめん、焼きそば
金沢競馬場 − 寿司
名古屋競馬場・ 笠松競馬場− どて煮、串カツ
高知競馬場 − アイスクリン、鯨カツ
ニュートラックかみのやま(旧上山競馬場) − 玉こんにゃく(広域場外となった現在も販売されている)
2004年、BSEによるアメリカ産牛肉の輸入禁止に伴う「牛丼が街中から消える」騒動が発生した際、競馬場にある「吉野家」の店舗では牛丼を食べることができたため、一時的に人気が急上昇したこともある。これには競馬場側との契約により、牛丼以外の主要メニューが提供できないため、という理由もあった。また、このように一般的な市街地にあるチェーン店などが入っているが契約上メニューを限定されている店舗もある。(例えば、競馬場内にある「モスバーガー」では、看板商品の一つである「モスバーガー」が販売されていない)


競馬場の観戦用スタンド
レースを観戦するためのスタンド。日本ではコースのゴール側外周に作られることが多い。スタンド内には入場料のみで座ることのできる一般席のほか、追加料金を支払うことで座ることのできる指定席もある。この他スタンド内には競馬中継を行なう放送局のスタジオ及び実況席、投票所・食堂・売店・馬主席などの施設が設けられている。


競馬場の駐車場
競馬場の周囲や隣接地には、来場者用の駐車場が用意されている。ただし、その規模は競馬場の立地条件によって大きく異なり、特に大都市圏の競馬場ではその規模や来場者数に対して駐車場の収容能力が全く不足しており、開催日には周辺地域に激しい渋滞を起こしている競馬場も見られる。その為、一般の来場者に対しては電車などの公共交通機関での来場をPRする場内放送を恒常的に流している競馬場も少なくない。また、多くの競馬場では至近の駐車場は関係者や馬主の専用駐車場として使用されている。他方、大都市部以外の競馬場では数千台規模の駐車場を整備している所も珍しくなく、最大とされる佐賀競馬場は収容台数1万台という巨大駐車場を整備している。その一方で市街地に所在する競馬場では、駐車場用地の不足を補うために立体化したり、競馬場の馬場の内側にも来場者用の駐車場を設置している所も見られる。

また、競馬場が自前で用意している駐車場の他にも、周辺では民間の1日駐車場が多く見られるが、これらはほとんど全てが有料である。

場外馬券売場においては、大都市部や市街中心部にあるものについては駐車場設備を全く備えていないものも珍しくない。


競馬場のバスターミナル多くの競馬場では、開催日には最寄の鉄道駅との間を連絡する送迎バスを運行している。このバスについては多くは入場門付近にターミナルが設置され、来場者の乗降が行われる。また大井競馬場などでは、このターミナルが非開催日にもバスターミナルとして使用されており、都営バスの一般路線(品93: 目黒駅〜品川駅〜大井競馬場)の折返場としても使用されている。


競馬場の最寄駅
厳密には競馬場の設備とはいえないが、競馬場へのアクセスを主目的として設置されている鉄道の駅および路線、路面電車の停留所が存在する。中には改札口などの駅構造に余裕を持たせて、メインレース後などの一時的な大量の乗客を確実に捌けるだけの設備が確保されている駅もある。

函館競馬場
競馬場前電停(函館市電)
東京競馬場
京王競馬場線、府中競馬正門前駅
JR南武線・武蔵野線、府中本町駅
(東京競馬開催時・場外発売時のみ使用される臨時改札口と東京競馬場までの専用連絡歩道がある)
東京競馬場前駅(廃止)
中山競馬場
JR武蔵野線、船橋法典駅
(中山競馬開催時・場外発売時は臨時改札口から競馬場に直結する専用地下通路「ナッキーモール」を利用できる)
船橋競馬場
船橋競馬場駅(厳密には駅の方が競馬場より古い)
大井競馬場
大井競馬場前駅
中京競馬場
中京競馬場前駅
名古屋競馬場
名古屋競馬場前駅
笠松競馬場
笠松駅
京都競馬場
京阪本線、淀駅
(将来は京都競馬場前に移設される。淀屋橋方面の仮設ホームには臨時改札口が設置されている。)
園田競馬場
阪急神戸線、園田駅
阪神競馬場
阪急今津線、仁川駅
小倉競馬場
競馬場前駅
また、「競馬場」の名は駅名に冠していないが、開催日や場外発売日にのみ使用される改札口や、競馬場への専用通路が整備されている最寄駅も存在する(府中本町駅、淀駅、仁川駅など)。中には中山競馬場最寄の船橋法典駅の様に、競馬場への専用改札口から競馬場までの長さ1キロ弱の専用地下通路など、大量の来場者をスムーズに誘導する為の大規模な設備がなされている場所も見られる。


日本の競馬場
競馬法施行令によると競馬場の最低限の大きさや必要な設備が記述されている。

中央競馬の場合、外周コース1周1600メートル以上。幅員20メートル以上。
地方競馬の場合、1周1000メートル以上。幅員16メートル以上。
ばんえい競走のみを行う場合、200メートル以上。
日本の場合には、最初に作られたトラック式の競馬場である横濱競馬場が右回りであることから、右回りの競馬場が多く、左回りの競馬場は東京競馬場、新潟競馬場、中京競馬場、盛岡競馬場、船橋競馬場、浦和競馬場、川崎競馬場の7箇所。

中央競馬の10の競馬場はいずれも芝コースがメインコースであり、その内側にダートコースが設けられている。

又、新潟・京都・阪神・中山の4ヶ所の競馬場では芝が内と外に分かれるシステムがある。

地方競馬の競馬場(中央競馬との併用の箇所を除く)はいずれもダートコースがメインであり、芝コースが設けられている競馬場は盛岡競馬場だけである。盛岡競馬場はアメリカ同様、ダートコースの内側に芝コースが設けられている。

新潟競馬場は2001年に改修を行い、日本初の直線のみの芝1000メートルのコースがある。


日本の競馬場一覧

中央競馬
中央競馬場の位置札幌競馬場
函館競馬場
福島競馬場
新潟競馬場
東京競馬場
中山競馬場
中京競馬場
京都競馬場
阪神競馬場
小倉競馬場

地方競馬
札幌競馬場
旭川競馬場
北見競馬場
岩見沢競馬場
帯広競馬場
門別競馬場
盛岡競馬場
水沢競馬場
浦和競馬場
大井競馬場
川崎競馬場
船橋競馬場
名古屋競馬場
笠松競馬場
金沢競馬場
園田競馬場
姫路競馬場
福山競馬場
高知競馬場
佐賀競馬場
荒尾競馬場



アジアの競馬場
アジアでは日本以外には、韓国・中国・香港・フィリピン・マレーシア・シンガポール・タイ・インド・UAE(ドバイ)で競馬が開催されている。この内、韓国では日本産のサラブレッドも少なからず見られ、また日本からは種牡馬なども輸出されている。シンガポールでは日本人調教師が活動している。

2001年から北京の特区で開催されている競馬場は香港資本によるものと言われており、ギャンブル自由化の暁には競走馬の供給地とするべく建設されていたものである。また、同競馬場は北京五輪の馬術競技のコースとして利用される予定である。

韓国済州島の済州競馬場で行われている競馬は、固有種であるチョランマル(済州ポニー)種の保存・維持もその大きな目的としている。


アジアの競馬場一覧
ソウル競馬場(韓国) - ダートコースのみ
済州競馬場(韓国) - ポニー競馬
釜山慶南競馬場(韓国) - ダートコースのみ
北京通順競馬場(中国)
ハッピーバレー競馬場(香港)
沙田(シャティン)競馬場(香港)
タイパ競馬場(マカオ)
サンラサロ競馬場(フィリピン)
サンタアナパーク競馬場(フィリピン)
イポー競馬場(マレーシア)
セランゴール競馬場(マレーシア)
ペナン競馬場(マレーシア)
クランジ競馬場(シンガポール)
ロイヤル・ターフクラブ競馬場(タイ)
ロイヤル・バンコク・スポーツクラブ競馬場(タイ)
カルカッタ競馬場(インド)
チェンナイ競馬場(インド)
ハイデラバード競馬場(インド)
マイソール競馬場(インド)
マハーラクシュミー競馬場(インド・ムンバイ)
ナド・アルシバ競馬場(UAE・ドバイ)
ジュベル・アリ競馬場(UAE・ドバイ)

ヨーロッパの競馬場ヨーロッパの競馬場は自然の地形に合わせてコースレイアウトされることが多いため、歪な形状のコースが多い。また直線が長く、直線のみの競馬を行う競馬場も多い。ダービーの舞台のエプソム競馬場はUの字をしたコースであるし、2000ギニーの舞台のニューマーケット競馬場は直線を2つ組み合わせただけのコースである。

メインのコースは芝コースであり、ダートコース(全天候型コース)は近年、いくつかの競馬場で設置されているが、数は少ない。


ヨーロッパの競馬場一覧(主な競馬場)エプソム競馬場(イギリス、ロンドン近郊)
ニューマーケット競馬場(イギリス、サフォーク州)
アスコット競馬場(イギリス、バークシャー州)
カラ競馬場(アイルランド、キルデア州)
ロンシャン競馬場(フランス、パリ)
ドーヴィル競馬場(フランス、カルヴァドス県ドーヴィル)
サン・シーロ競馬場(イタリア、ミラノ)
バーデンバーデン競馬場(ドイツ、バーデンバーデン)

北米の競馬場
競馬場ごとにコースレイアウトが異なると、成績に違いが生じるなどのスポーツ性の観点から、1周1マイルの左回りの競馬場が大多数である。

メインのコースは天候に影響を受けにくいダートコースであり、芝コースはダートコースの内側にある。なおダートコースは脚抜きがよく、芝コースよりも早い時計が記録される。


北米の競馬場一覧(主な競馬場)アケダクト競馬場 (ニューヨーク州 ニューヨーク)
ベルモントパーク競馬場 (ニューヨーク州 ヘムステッド)
サラトガ競馬場 (ニューヨーク州 サラトガスプリングス)
ピムリコ競馬場 (メリーランド州 ボルチモア)
ローレルパーク競馬場 (メリーランド州 ローレル)
アーリントンパーク競馬場 (イリノイ州 アーリントンハイツ)
ガルフストリームパーク競馬場 (フロリダ州 ハランデール)
カルダー競馬場 (フロリダ州 マイアミガーデンズ)
チャーチルダウンズ競馬場 (ケンタッキー州 ルイビル)
キーンランド競馬場 (ケンタッキー州 レキシントン)
エリスパーク競馬場 (ケンタッキー州 ヘンダーソン)
ロスアラミトス競馬場(カリフォルニア州 ロサンゼルス近郊)
ハリウッドパーク競馬場(カリフォルニア州 ロサンゼルス近郊 イングルウッド)
サンタアニタ競馬場(カリフォルニア州 ロサンゼルス近郊 アーケーディア)
デルマー競馬場 (カリフォルニア州 デルマー)
フェアプレックスパーク競馬場 (カリフォルニア州 ポモナ)
ベイメドウズ競馬場 (カリフォルニア州 サンマテオ)
ゴールデンゲートフィールズ競馬場 (カリフォルニア州 アルバニー)
モンマスパーク競馬場 (ニュージャージー州 オーシャンポート)
メドウランズ競馬場 (ニュージャージー州 イーストラザフォード)
オークローンパーク競馬場 (アーカンソー州 ホットスプリングス)
ローンスターパーク競馬場 (テキサス州 ダラス)
ビュラーパーク競馬場 (オハイオ州 グローヴシティ)
コロニアルダウンズ競馬場 (ヴァージニア州 ニューケント)
デラウェアパーク競馬場 (デラウェア州 ウィルミントン)
フェアグラウンズ競馬場 (ルイジアナ州 ニューオーリンズ)
エヴァンゲラインダウンズ競馬場 (ルイジアナ州 オペルーザス)
ウッドバイン競馬場 (カナダ オンタリオ州 トロント郊外 レックスデール)




オセアニアの競馬場オセアニアではオーストラリア・ニュージーランドにあり、競馬の歴史は古い。コース形状はさまざまで、長円形の競馬場も歪な競馬場もある。


オセアニアの競馬場一覧(主な競馬場)

競馬場のオーストラリア
ローヤルラウンドウィック競馬場(ニューサウスウェールズ州 シドニー)
ローズヒルガーデンズ競馬場 (ニューサウスウェールズ州 シドニー)
カンタベリーパーク競馬場 (ニューサウスウェールズ州 シドニー)
夜間レースが行われている。
ワリックファーム競馬場 (ニューサウスウェールズ州 シドニー郊外)
フレミントン競馬場(ヴィクトリア州 メルボルン)
ムーニーヴァレー競馬場(ヴィクトリア州 メルボルン)
コーフィールド競馬場(ヴィクトリア州 メルボルン)
イーグルファーム競馬場(クィーンズランド州 ブリスベン)
ドゥーンベン競馬場(ブリスベン)
ゴールドコースト競馬場(クィーンズランド州 ゴールドコースト)
アスコット競馬場 (西オーストラリア州 パース)
ベルモント競馬場(西オーストラリア州 パース)
モーフェットヴィル競馬場(南オーストラリア州 アデレード)
モーブレイ競馬場競馬場(タスマニア州 ローンセストン)

競馬場のニュージーランド
エラズリー競馬場(オークランド郊外)
アヴォンデール競馬場(オークランド郊外)
テラパ競馬場(ハミルトン郊外)
タウランガ競馬場(タウランガ)
トレンサム競馬場(ウェリントン)
リカルトンパーク競馬場(クライストチャーチ)





日本の競馬場
中央競馬 地方競馬
東京 | 中山
京都 | 阪神
札幌 | 函館 | 福島
新潟 | 中京 | 小倉
北見 | 岩見沢 | 帯広 | 旭川 | 札幌 | 門別
盛岡 | 水沢 | 大井 | 浦和 | 船橋 | 川崎
名古屋 | 笠松 | 金沢 | 園田 | 姫路
福山 | 高知 | 荒尾 | 佐賀

中央競馬(廃止・休止) 地方競馬(廃止・休止)
目黒 | 横浜 | 宮崎
小樽 | 室蘭 | 函館 | 上山
結城 | 取手 | 足利 | 宇都宮 | 高崎
柏 | 八王子 | 大船 | 小田原
新潟 | 三条 | 上諏訪 | 中京
八尾 | 大阪 | 春木 | 淡路 | 紀三井寺
益田 | 出雲大社 | 福間 | 中津


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コスモバルクとは


コスモバルクとは

コスモバルク

性別 牡
毛色 鹿毛
品種 サラブレッド
生誕 2001年2月10日
死没 (現役競走馬)
父 ザグレブ
母 イセノトウショウ
母の父 トウショウボーイ
生産 加野牧場
生国 日本(北海道三石町)
馬主 岡田美佐子→
(有)ビッグレッドファーム
調教師 田部和則(北海道)
競走成績 26戦8勝
 地方:5戦3勝
 中央:19戦4勝
 海外:2戦1勝
  香港:1戦0勝
  星国:1戦1勝

獲得賞金 5億2189万1400円
(159万Sドル含む)

コスモバルク(Cosmo Bulk、香港表記:大宇宙)は、地方競馬のホッカイドウ競馬に所属しながら、中央競馬や海外のレースに挑戦を続けている競走馬である。2006年のシンガポール航空インターナショナルカップ(国際G1)を制したほか、JRAの重賞を3勝し、2004年のクラシック三冠レースに全て出走した。


コスモバルクのデビュー前
北海道三石町(現・新ひだか町)にある加野牧場で誕生した本馬の父・ザグレブはこれまで目立った産駒を出せず、当時既にアイルランドに輸出されていた程であったが、コスモバルクは「マイネル・コスモ軍団『総帥』」の岡田繁幸に見出され、氏によって400万円の安値で購入され、夫人の岡田美佐子名義での所有となった(現在は法人化:後述)。その後、2003年にホッカイドウ競馬がスタートさせた認定厩舎制度(後述)の適用第1号馬となり、田部和則厩舎の所属となった。


コスモバルクの認定厩舎制度
通常、競走馬は主催者が管理する競馬場やトレーニングセンターで調教を行い、レースに出走させるが、これに対し、その調教を民間の施設で行い、レース当日に直接競馬場に入ることができるようにしたものが本制度であり、2003年7月にホッカイドウ競馬が「調教施設などが充実している産地民間施設の活性化や馬房数の実質的拡大による競走馬数の確保を図る」(引用〜ホッカイドウ競馬「認定厩舎制度」)という趣旨でスタートさせた。2006年3月からは南関東競馬でも同制度がスタートし、同年8月に群馬県伊勢崎市にある「境共同トレーニングセンター(旧高崎競馬境町トレーニングセンター)」が認定厩舎となった。


コスモバルクの2歳2003年8月に、中央競馬の新馬戦に相当するフレッシュチャレンジ(旭川競馬場)でデビューし(2着)、続くアタックチャレンジで初勝利を飾る。その後の2戦を1着・2着とし、11月に東京競馬場で行われた500万下競走の百日草特別でJRAでの初戦を迎えると、岡田繁幸はホッカイドウ競馬のリーディングジョッキーである五十嵐冬樹を起用した。人気を集めたのは、セレクトセールで1億5000万円で落札され、デビュー戦を5馬身差で勝利したハイアーゲームで、単勝オッズは1.2倍であった。これに対し、目立った実績もなく、芝のレースは初めてのコスモバルクは65.2倍の9番人気(11頭立て)と全く人気がなかったが、レースでは向正面で先頭に立つと、ハイアーゲームの追撃も問題にせず押し切り、レコード勝ちを収めた。後に五十嵐は、馬に乗った感触が良かったので、「500万下ぐらいなら勝てると思った」と述べている。

続くラジオたんぱ杯2歳ステークスではデビュー戦を3 1/2馬身差で勝利した良血馬ブラックタイドが単勝1.4倍の1番人気で、コスモバルクは4番人気(9.0倍)にとどまったが、北海道から阪神競馬場までの長距離輸送をものともせず、1コーナー過ぎで先頭に立つと、直線ではミスティックエイジに詰め寄られるが、そこから差し返して重賞初制覇を飾る。


コスモバルクの3歳


この時点で収得賞金は2200万円に達し、JRA所属の馬であればクラシック出走は確実であるが、地方競馬所属のため、皐月賞に出走するにはトライアル競走で優先出走権を獲得する必要があった。そのためトライアル競走の一つである2004年3月の弥生賞に出走すると、逃げ粘るメイショウボーラーを交わして勝利し、皐月賞の優先出走権を獲得した。

皐月賞ではJRAでの3戦3勝という実績に加え、一流とは言えない血統で400万円という安値の馬が、時には1億円以上もの値段が付くサンデーサイレンス産駒を始めとする良血馬を次々に負かし、地方所属のままクラシックレースへの出走を果たしたことで人気が沸騰し、JRAの競走では初めて単勝1番人気(2.4倍)に推された。大外18番枠からレースを進め、最後の直線でも鋭く伸びてきたが、先行したダイワメジャーを捕らえきれず2着に敗れる。しかし、4着以内に与えられる東京優駿(日本ダービー)の出走権を獲得した。ちなみに、岡田繁幸は「バルクが負けるとしたら、勝つのはダイワメジャーかもしれない」という趣旨の話をしていたという。

これまで地方所属のままGIを制覇した馬は1999年フェブラリーステークスのメイセイオペラのみで、クラシックどころか芝のGIを勝った馬もいない中、東京優駿(日本ダービー)当日を迎えた。単勝1番人気は雨中のNHKマイルカップをレースレコードで勝利したキングカメハメハに譲ったものの、2番人気に推された。しかし、レースでは最初の600mを34秒4、1000mを57秒6と当日の高速馬場を考慮しても速いペースで逃げたマイネルマクロスを追いかける形になってしまい、4コーナーで先頭に立つも直線では余力はなく、勝利したキングカメハメハから1.2秒差の8着に終わる。この頃から、前に行きたがる癖を見せるようになった。


秋〜冬
夏場は休養に充て、3ヶ月ぶりの復帰戦は11ヶ月ぶりに地元ホッカイドウ競馬での出走となる北海優駿であったが、17日後に出走予定のセントライト記念で3着以内に入って優先出走権を獲得しなければ菊花賞に出走できないため、東京優駿(日本ダービー)から馬体重プラス18kgという余力残しでの出走となった。太め残りで、得意ではないダートだったので苦しいレースとなったが、最後は1/2馬身差で勝利し、単勝1.0倍の断然人気に応えた。続くセントライト記念では、他に重賞勝ち馬がおらず、前走で増えた馬体を12kg絞っての出走となり、単勝1.3倍の1番人気となった。外枠(15頭立ての13番枠)ということもあって、前に壁を作れなかったため掛かってしまい2コーナーで先頭に立ったが、それからは落ち着いてレースを進め、直線で差を詰めたホオキパウェーブをクビ差退け、2分10秒1の日本レコードで勝利し、菊花賞の出走権を獲得した。

クラシック最終戦の菊花賞では、翌2005年の有馬記念等を勝利することになるハーツクライに次ぐ単勝2番人気に支持される。スタート直後は5〜6番手に付けたが、3コーナーの下り坂で外から上がってきたモエレエルコンドルに被せられると、掛かって先頭に立ってしまう。その後はゆったりとレースを進め、2周目4コーナーでスパートをかけるが、一緒に上がってきたデルタブルースに直線で交わされ、そのデルタブルースから0.3秒差の4着に敗れる。ここまで、地方所属の身で中央競馬の三冠レースを皆勤したが、クラシック制覇の夢は叶わなかった。

続くジャパンカップでは主戦騎手の五十嵐に代わり、フランスのクリストフ・ルメールを鞍上に迎えた。逃げるマグナーテンの直後に付け、掛かるところも見せず最後の直線に入ると、勝利したゼンノロブロイには3馬身及ばなかったが、一旦交わされたポリシーメイカーを差し返し、デルタブルースの追撃もしのいで2着に入った。続く有馬記念では五十嵐に手綱が戻るが、タップダンスシチーとゼンノロブロイが作る、緩みのないペースに付いて行けず、見せ場なくゼンノロブロイから1秒差の11着に終わり、2004年のGI制覇は夢に終わった。しかし、同年の中央競馬を盛り上げた功績が称えられ、2000年に地方所属馬が受賞対象になって以来、初めてとなるJRA賞の特別敢闘賞を獲得した。また、地方競馬全国協会(NAR)が主催したNARグランプリでは、年度代表馬に加え、同年から新設された芝のレースで活躍した地方馬に贈る「最優秀ターフ馬」の第1号表彰馬に選ばれた。

2004年の地方競馬と言えば高知競馬で負け続けて人気が沸騰していたハルウララもいるが、そのことについて質問された陣営は「ハルウララなんかとは違う」と即座に返したという。地方競馬から中央の頂点を目指したコスモバルクと、対照的に負け続けながらも愛されたハルウララ、どちらもファンの支持を得たと言う点が興味深い。


コスモバルクの4歳
GI制覇を目指し、中央競馬への挑戦を続けるコスモバルクであったが、2005年はスランプに陥ってしまう。五十嵐に代わり、ホッカイドウ競馬の千葉津代士が起用され、天皇賞(春)出走を目指しステップ競走(地方馬が特定のGI競走に出走するためには、2着以内に入る必要がある競走)[1]である日経賞に単勝1番人気で挑むが、前述の掛かり癖が再び出てしまい、先頭で直線を迎えたものの、坂を上りきったところで力尽き6着に敗れ、天皇賞への道は閉ざされた。

その後は国内に適当なレースがないため海外に活路を求め、この年から国際レースに指定された香港のチャンピオンズマイルに出走する(地方所属馬による海外GI出走は同年ドバイワールドカップのアジュディミツオーに続いて2頭目)。レースでは直線で失速し、2006年も同レースを制し連覇することとなるブリッシュラックから1.7秒差の10着と大敗を喫した。続く宝塚記念では、馬体重16キロ減で臨んだ上、パドックで右前脚を落鉄するトラブルに見舞われる。レースでは逃げるも、タップダンスシチーに4コーナーで外から並びかけられると差し返す力は残っておらず、スイープトウショウの12着に終わる。

天皇賞(秋)出走のためには2着以内に入らなければならない[1]毎日王冠では安藤勝己を初めて鞍上に迎え、レースでは掛かり気味に3コーナー手前で先頭に立つが、直線で伸びず11着に敗れる。天皇賞(秋)と異なり、JRAが別に定める出走馬選定基準で選定されれば出走が可能なジャパンカップへ直行することとなり、ミルコ・デムーロとの新コンビで出走する予定だったが、デムーロの落馬負傷でダヴィ・ボニヤに乗り代わる。タップダンスシチーの作るハイペースを4番手で追走するが、見せ場は作れず、勝利したアルカセットから1.4秒差の14着に敗れるも前年より速いタイムで走っており、田部調教師はバルクの復活の手ごたえを感じたと後に語っている。

2005年はこれまで5戦して一度も掲示板(5着以内)に載れずに有馬記念を迎え、1年ぶりに五十嵐が騎乗するが、単勝85.3倍の10番人気という低評価であった。しかし、スタートから折り合いを付けて3番手を追走すると、宝塚記念とは逆に、逃げたタップダンスシチーを4コーナーで捕らえると、3歳時に見せた闘志が戻ったのか、最後まで見せ場を作って勝利したハーツクライから0.5秒差の4着と健闘した。


コスモバルクの5歳


2006年の初戦は前年に引き続き天皇賞(春)出走を目指して日経賞を選んだ。前走で復活の兆しが見えたこともあり、その有馬記念で3着だったリンカーンに次ぐ単勝2番人気に支持される。スタートから1周目の直線までは掛かるところを見せたものの、逃げる同馬主のコスモオースティンの2番手に付け最後の直線を迎えたが、直線で前が詰まってしまった影響もあってか、そのコスモオースティンも交わせず8着に敗れた。

前年同様、国内に適当なレースがその後しばらくないため、皐月賞以来2年ぶりの2000mのレースとなる、シンガポール航空インターナショナルカップに出走した。出走馬13頭中、レーティングは2番目と現地での評価も高く、単勝6.8倍の3番人気に支持された。1番枠からスタートし、逃げた1番人気のVroom Vroom(ヴルームヴルーム)の2番手に付けると、1コーナー辺りではいつものように少し掛かったがその後はぴったり折り合い、4コーナーで少し外に持ち出すと直線では馬場の真ん中を通って残り200m付近で抜け出し、Vroom Vroomを交わして先頭に立つと、内から差を詰めたボウマンズクロッシング(2005年安田記念13着)、外から差してきたKing and King(キングアンドキング)を退け、1 3/4馬身差[2]で勝利し、鞍上の五十嵐は右手で大きくガッツポーズをした。セントライト記念以来、1年8ヶ月ぶりの勝利を悲願のGI初勝利で飾り、地方所属馬による、史上初の海外GIと芝GIの制覇を達成した。

その後の出国検疫の際、入国時に採血した血液が馬ピロプラズマという伝染病の陰性反応を確認できず、5月18日に予定していた帰国が延期されたが、再検査の結果、陰性(シロ)と判明し無事帰国した。日程次第では出走できない可能性のあった宝塚記念には、帰国後、北海道には戻らず京都競馬場に直接入ることで出走にこぎ着けたが、シンガポールで1週間足止めをされた影響からか、馬体重は前走からマイナス10kgとなった。単勝3番人気に支持され、レースでは5番手辺りを追走するが、勝利したディープインパクトに4コーナーで外から交わされると付いて行けず、直線でも伸びず8着に敗れた。

なお、この時点での馬主である岡田美佐子所有のJRA所属馬は2006年4月19日付で「有限会社ビッグレッドファーム」に名義が変更されたため、岡田美佐子はJRAの馬主ではなくなった。しかし、地方競馬所属の馬については名義変更がされなかったため、名義変更後初めてのJRAでの出走となった宝塚記念では、これまでの「赤・緑格子・赤袖」の勝負服ではなく、JRAに登録のない馬主の所有馬が出走の際使用する、白と枠番の色(この時は5枠の黄色、1枠の場合は白と水色)の染め分け勝負服での出走となった。その後、コスモバルクの馬主もビッグレッドファーム(勝負服は「赤・緑格子・赤袖」を継承)に変更されたため、染め分け勝負服での出走は宝塚記念のみであった。



続く札幌日経オープンは、JRAの競走では初めて地元北海道での出走となった。オープンクラスの別定戦のため、負担重量が62kgという過酷な条件でのレースになり、また騎乗予定だった主戦の五十嵐がレース当日に落馬負傷したため急遽武幸四郎に乗り代わりとなった。それでも単勝1番人気に支持され(ただし複勝は3番人気)、レースでは1周目のスタンド前で先頭に立ち、最後の直線も先頭で迎えたが、トウショウナイトに交わされて4馬身差の2着に敗れた。しかし、勝利したトウショウナイトの負担重量がコスモバルクより6kg軽い56kgで、また、天皇賞(秋)を目指して3週間後に出走するオールカマーの前哨戦であったので、陣営のコメントは「今日はすべて斤量」「手応え十分」などと、前向きなものであった。そのオールカマーではいつもとは違って中団やや後方からレースを進め、馬群の中で気負うところも見られたが、直線では内ラチ沿いを鋭く伸びて、バランスオブゲームのハナ差の2着に入り、2着以内に与えられる天皇賞(秋)の出走権を獲得した[1]。

その天皇賞(秋)では単勝3番人気に支持され、レースでは前半は中団よりやや前の6番手で折り合い、直線で追い出しを図るとやや苦しがって走る素振りを見せながらも、3着に入ったアドマイヤムーンと一緒に伸びてきたが、前を行くダイワメジャーらを捕らえきれずに0.3秒差の4着に敗れた。


コスモバルクの競走成績
年/月/日 主催者 競馬場 レース名 格 距離 騎手 重量 着
順 人気
/頭数 タイム 馬
場 1着馬(2着馬) タイム

2003/08/26 北海道 旭川 フレッシュチャレンジ ダ1000 斎藤正 54 2 1/12 1:03.1 良 サンダーテーオー +0.8
09/04 北海道 旭川 アタックチャレンジI ダ1500 斎藤正 54 1 1/7 1:40.4 良 (センチュリーホース) -0.3
09/30 北海道 門別 2歳4-1組 ダ1700 佐々木国 54 1 2/11 1:50.1 重 (モエレシーリング) -0.2
10/14 北海道 門別 アグネスタキオン賞 OP ダ1800 斉藤正 54 2 2/12 1:59.9 良 モエレシーリング +0.2
11/08 JRA 東京 百日草特別 500万 芝1800 五十嵐冬 55 1 9/11 1:47.9 良 (ハイアーゲーム) -0.3
12/27 JRA 阪神 ラジオたんぱ杯2歳S GIII 芝2000 五十嵐冬 55 1 4/13 2:01.6 良 (ミスティックエイジ) -0.2
2004/03/07 JRA 中山 弥生賞 GII 芝2000 五十嵐冬 56 1 2/10 2:00.5 良 (メイショウボーラー) -0.2
04/18 JRA 中山 皐月賞 GI 芝2000 五十嵐冬 57 2 1/18 1:58.8 良 ダイワメジャー +0.2
05/30 JRA 東京 東京優駿 GI 芝2400 五十嵐冬 57 8 2/18 2:24.5 良 キングカメハメハ +1.2
09/02 北海道 旭川 北海優駿 H1 ダ2100 五十嵐冬 55 1 1/10 2:24.7 良 (セレブセレクション) -0.1
09/19 JRA 中山 セントライト記念 GII 芝2200 五十嵐冬 56 1 1/15 2:10.1 良 (ホオキパウェーブ) -0.0
10/24 JRA 京都 菊花賞 GI 芝3000 五十嵐冬 57 4 2/18 3:06.0 良 デルタブルース +0.3
11/28 JRA 東京 ジャパンカップ GI 芝2400 ルメール 55 2 2/16 2:24.7 良 ゼンノロブロイ +0.5
12/26 JRA 中山 有馬記念 GI 芝2500 五十嵐冬 55 11 2/15 2:30.5 良 ゼンノロブロイ +1.0
2005/03/26 JRA 中山 日経賞 GII 芝2500 千葉津 57 6 1/13 2:33.9 良 ユキノサンロイヤル +0.6
05/14 香港 沙田 チャンピオンズマイル G1 芝1600 千葉津 57 10 4/13 1:35.4 良 ブリッシュラック +1.7
06/26 JRA 阪神 宝塚記念 GI 芝2200 千葉津 58 12 5/15 2:13.0 良 スイープトウショウ +1.5
10/09 JRA 東京 毎日王冠 GII 芝1800 安藤 57 11 4/17 1:47.3 稍 サンライズペガサス +0.8
11/27 JRA 東京 ジャパンカップ GI 芝2400 ボニヤ 57 14 12/18 2:23.5 良 アルカセット +1.4
12/25 JRA 中山 有馬記念 GI 芝2500 五十嵐冬 57 4 10/16 2:32.4 良 ハーツクライ +0.5
2006/03/25 JRA 中山 日経賞 GII 芝2500 五十嵐冬 57 8 2/13 2:33.6 良 リンカーン +0.6
05/14 シンガ
ポール クランジ シンガポール航空
インターナショナルC G1 芝2000 五十嵐冬 57 1 3/13 2.06.5 稍 (King and King) -0.3
[3]
06/25 JRA 京都 宝塚記念 GI 芝2200 五十嵐冬 58 8 3/13 2.14.8 稍 ディープインパクト +1.8
09/03 JRA 札幌 札幌日経オープン OP 芝2600 武幸 62 2 1/11 2.40.6 良 トウショウナイト +0.7
09/24 JRA 中山 オールカマー GII 芝2200 五十嵐冬 59 2 2/15 2.12.1 良 バランスオブゲーム +0.0
10/29 JRA 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000 五十嵐冬 58 4 3/16 1.59.1 良 ダイワメジャー +0.3

通算成績〜26戦8勝、2着6回、3着0回、着外12回(2006年10月29日現在)

※タイム欄の赤字はレコード勝ちを示す


コスモバルクの血統表コスモバルクの血統 ノーザンダンサー系/テスコボーイ3×5=15.625%(母内)、Princely Gift4×5=9.375%(母内)


*ザグレブ
Zagreb 1993
黒鹿毛 アメリカ Theatrical 1982
鹿毛 アイルランド Nureyev Northern Dancer
Special
*ツリーオブノレッジ
Tree of Knowledge Sassafras
Sensibility
Sophonisbe 1981
黒鹿毛 アイルランド *ウォロー
Wollow Wolver Hollow
Wichuraiana
Southern Seas *ジムフレンチ
Schonbrunn


イセノトウショウ 1993
鹿毛 北海道門別町 トウショウボーイ 1973
鹿毛 北海道静内町 *テスコボーイ
Tesco Boy Princely Gift
Suncourt
*ソシアルバターフライ
Social Butterfly Your Host
Wisteria
マルミチーフ 1987
鹿毛 北海道門別町 ビッグディザイアー *トライバルチーフ
クリアヤメ
トキワアイゼン キタノカチドキ
トキノマサト F-No.5-d

コスモバルクの関連キーワードインパーフェクト - 実質的な馬主・調教師が同じで、認定厩舎制度を利用(現在は川崎競馬に移籍し、同制度は利用していない)

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騎手とは


騎手とは
騎手(きしゅ)とは、馬を操縦する人のことである。

競馬の場合では、平地競走や障害競走では馬の背に騎乗するが、ばんえい競走や繋駕速歩競走ではそりや馬車の上に乗り操縦する。また騎手は自分の体重を含めて指定された斤量で騎乗することが求められる。

また落馬した場合には、落馬した地点に戻って再騎乗をしなければ、決勝線に到達しても正規の到達とはみなされない。そのため再騎乗をあきらめて競走中止となる場合が多い。

なお英語で騎手を表すジョッキー(jockey)は、ジャックやジョンの蔑称であるジョックに由来する。ジョックは後にジョッキーと訛り、単に競馬好きや馬好きを表すようになった。かつてイギリスの競馬施行体であったジョッキークラブも元々は競馬愛好家の集まりである。現在のような意味になったのは、騎手や調教師、馬主が分業されるようになった19世紀以降のことで、古い英語が残るオセアニア諸国等ではライダーと呼ばれることが多い。繋駕速歩競走ではドライバーと呼ぶ。

騎手の日本での免許制
日本では騎手になるためには騎手免許が必要で、中央競馬・地方競馬と別々の免許である。

中央競馬では日本中央競馬会が、地方競馬では地方競馬全国協会がそれぞれ発行しており、有効期限は1年間で、続けて騎乗する場合には1年毎に更新のために試験を受ける必要がある。なお調教師免許等と同時に取得することはできない。

また障害競走が行われる中央競馬では平地競走と障害競走とで別の免許となっている。


騎手の短期騎手免許
指定競走、交流競走、特別指定交流競走で騎手免許がない競走に騎乗する場合には、試験なく「その競走に限定した騎手免許」が交付される。外国の競馬で騎乗している騎手に対しては、日本の調教師・馬主を引受人として臨時に行われる試験に合格した上で、1ヶ月単位の短期免許を1年の間に3ヶ月間まで交付する。詳しくは短期免許の項目に譲る。


騎手のダブル免許制と安藤勝己騎手
2003年2月までは中央競馬・地方競馬の両方の免許を持つ騎手は存在しなかったが、2003年2月当時、笠松競馬所属であった安藤勝己騎手が中央競馬の免許試験に合格し、同時に地方競馬の騎手免許の取消願を提出した。

この時、地方競馬全国協会はダブル免許を容認し、中央競馬の免許の取得による免許の取消には応じなかった為、2003年3月1日から安藤勝己騎手は中央競馬と地方競馬の両方の免許を所有することとなった。この時点で日本中央競馬会は、地方競馬の免許で騎乗した場合には中央競馬の免許を取り消すとしていた。

更に、安藤勝己騎手が地方競馬の交流競走に騎乗した時には、地方競馬全国協会はすでに免許があるとして、短期免許は交付しなかった。従って日本中央競馬会は特例として認めざるを得ない状況になり、特例を適用した。

2003年6月16日に地方競馬全国協会は安藤勝己騎手の地方競馬での騎手免許を取り消した。


騎手の調騎分離
現在、中央競馬及び地方競馬では騎手免許と調教師免許を同時に持つことはできない。つまり、調教師が自分の管理する競走馬に乗ってレースに出走することはできないわけである。

これは当然のことと思われがちであるが、1930年代以前は「調教師兼騎手」は珍しい存在ではなかった。大久保房松などは、管理馬に騎乗して日本ダービー制覇を達成している(1933年、カブトヤマ)。

調教師と騎手の業務が厳格に分離されるようになったのは1938年、日本競馬会が「職制分割、調騎分離」のスローガンの下、兼業を禁止して以降である。


騎手の養成
平地競走の騎手は50数キロ(日本の場合、最も軽いケースで48キロ)での騎乗が求められることから、体重に関しては人一倍神経を必要とし、なおかつ馬に騎乗し、その操縦を行うという高度な技術が必要である。 従って、一般の素人を騎手にすることは至極困難なことであり、よって養成が必要なスポーツである。


騎手の養成機関
中央競馬では1982年、騎手養成機関として競馬学校が設立され、騎手課程が設けられた。養成期間は3年間。それ以前は騎手候補生が騎手講習会(長期講習と短期講習とがあった)を受けた後、騎手免許試験を受験する制度が採用されていた。

競馬学校の受験資格は、年齢は中学卒業から20歳まで、体重は育ち盛りの年頃であるため、入所時に44キロ以下。

地方競馬では地方競馬教養センターがある。ここでは2年間の長期課程と6ヶ月の短期課程が設けられている。短期課程は主に競馬場での厩務員や調教助手などの経歴者、並びに海外の騎手免許を取得しレースに出走した騎手を対象としたものである。

どちらの機関でも、卒業前に騎手免許試験を受験し、騎手免許を取得させた上で、晴れて騎手となる。騎手免許が取得できない場合もあり、この場合に騎手になるためには再度試験を受ける必要がある。騎手免許の取得は中央競馬では3月1日、地方競馬は4月1日を基点としている。


騎手の所属
調教師を頂点とする厩舎制度において、騎手は厩舎に所属し、調教師からさまざまな指導を受ける。

主催者側の養成機関ができる以前は、騎手を志すものは文字通り調教師に弟子入りし、厩舎の雑務をこなしながら技術を習得するという徒弟制度的な制度が採用されていた。そのため師弟関係の精神的な結びつきは非常に強く、騎手となりキャリアを積んだ後も出身厩舎への帰属意識が強かった。また調教師も門下生に管理馬を優先的に乗せるケースが多かった。

現在では競馬学校、地方競馬教養センターともに最終学年で実際の競馬の厩舎に所属し、調教などの技術指導を受けるカリキュラムがある。騎手免許を取得すると、主に最終学年で指導を受けた厩舎に所属して騎手の生活をスタートさせる。これは特に中央競馬についていえることであるが、その関係は師弟関係というよりもむしろ調教師が騎手の身元引受人になるという意味合いが強く、精神的な結びつきが希薄である場合も多い。騎手は一定の期間が経過すると所属厩舎を離れフリー騎手としてひとり立ちすることが多く、また、厩舎が所属騎手に優先的に騎乗を依頼することも以前より少なくなっている。


フリー騎手
中央競馬では厩舎に所属しない騎手が多数いる。このような騎手をフリー騎手と呼ぶ。以前は実績のある騎手が所属厩舎と疎遠になったり、所属厩舎が解散したことを契機としてフリー騎手になるケースが多かったが、最近では一定期間を経過した若手騎手が実績に関係なくフリー騎手になるケースも多い。逆にフリーでやっていた騎手が厩舎とのつながりが生まれて厩舎に所属することもある。

地方競馬ではフリーの騎手では認められておらず、必ず厩舎に所属する。期間限定騎乗騎手、短期免許でも同様である。内田利雄騎手が地方競馬初のフリー騎手と言われることがあるが、それは一定の競馬場に長期間所属しないという意味であって、それぞれの競馬場では厩舎に所属している。


騎手の収入
騎手の収入は主に以下の二つに分けられる。

競走に騎乗することで得られる収入
厩舎の手伝いをすることによって得られる収入
競走に騎乗した際には、主に以下の二つが騎手の収入となる。

賞金を得た場合には、その賞金の数%(日本の平地では5%、障害は7%)
騎乗手当
従って、賞金の多い競走に勝利するほど収入は多くなる。

厩舎の手伝いとは、調教時の騎乗がメインであるが、厩舎に所属している場合には厩舎の一員として、その他の厩舎の雑務一般も行う(競走馬の餌付け・寝藁の交換など)。厩舎の一員として仕事をする以上、厩務員などと同様、毎月厩舎より給料をもらう。ちなみに競馬学校に在籍する騎手候補生は必ずどこかの厩舎所属になることが義務付けられており、騎手としてデビューする際も厩舎所属からのデビューとなる。


騎乗依頼
騎手は競走に騎乗しなければ始まらない。調教中心の騎手もいるが、騎手の最も大きな収入源は賞金からの上納金である。

騎乗依頼は主に以下のように決められることが多い。

馬主と騎手の関係
調教師と騎手の関係
所属している騎手は当然として、同じ厩舎で働いたという関係で兄弟子、弟弟子等などのつながりがある。
成績上位の騎手
当日、空いている騎手
この辺が複雑に絡みあって競走への騎乗が決まる。中でも同じ騎手に何度か続けて騎乗してもらう場合、主戦騎手と呼ぶ。


エージェント(騎乗依頼仲介者)
中央競馬においては、騎手のエージェント(代理人)を介在した騎乗依頼も行われている。エージェントは、多くの場合競馬新聞の記者やスポーツ新聞の競馬担当記者が務める。記者の中には複数の騎手のエージェントを兼ねる者もいる。エージェント制度について、中央競馬の主催者であるJRAは長らくその存在を公式に認めていなかったが、2006年4月に「騎乗依頼仲介者」という名称で存在を公認。同時にJRAへの届出を業務を行うための要件とした。


騎手に対する制裁
レース前あるいはレース中の騎乗に際し、騎乗した馬を制御できなかった(御法不良:みのりふりょう)ためにレースに支障を来したり他の競走馬の進路を妨害するなどした場合、あるいは負担重量がレース前後の検量で発表していた斤量と異なっていた場合、その他スポーツマンシップに欠ける騎乗や言動(無断欠勤、競馬施設内での暴力行為なども含まれる)を行った場合などは、競馬法施行規定第126条・第1項の規定で制裁を受けることがある。

制裁はその内容によって過怠金(いわゆる罰金)が科せられる。審議により降着以上になるような悪質な場合には一定期間の騎乗停止(中央競馬の場合、馬の癖による斜行の場合は2日間、その他明らかに騎手の判断ミスなどによる場合は一般的には4日間〜6日間までだが悪質な場合それ以上の期間に延長される場合あり)を受けることになる(降着処分にならなくても騎乗停止処分を受けることはある)(また当該の競走馬に対しても再調教をして調教検査に合格するまで出走停止の措置が執られる場合がある)。

またこれらの制裁はポイントにも置き換えられ、30点をオーバーすると競馬学校やトレーニングセンターで騎乗技術などの再教育を受けることが義務付けられている。具体的には

パトロールビデオを活用した技術指導
競馬施行規程に関するテスト
精神訓話
基本乗馬技術の再教育
性格テストの結果による精神面の指導
特別講義
といった内容のカリキュラムが、制裁事由、制裁歴、技術の程度、年齢などを勘案した上で実施される。

騎乗停止の制裁は、中央競馬・地方競馬相互間および外国との競馬相互でも適用される、騎手交流競走などで騎乗停止処分を受けた場合、それに準じて騎手の所属競馬団体でも騎乗停止の処分を受けることになる。


騎手のバレット
バレットとは、レース開催時において騎乗時に使用する道具の準備・斤量の調節など騎手のために雑務をこなす存在である。バレットは競馬場内では青いビブスを身に付けている。

中央競馬においては、バレットは法的には騎手個人に雇用されるという形態をとっており、JRAはほとんど関与していない。そのためバレットには男女経歴問わず無資格でなることができる。バレットはその騎手の身内(兄弟姉妹)や友人など親しい間柄にある者を雇用している場合が多い。当然のことではあるが、就労中に得た情報の漏洩や勝馬投票券の購入は禁止されている。


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カワカミプリンセスとは


カワカミプリンセスとは

カワカミプリンセス 性別 牝
毛色 鹿毛
品種 サラブレッド
生誕 2003年6月5日
死没 (現役競走馬)
父 キングヘイロー
母 タカノセクレタリー
生産 三石川上牧場
生国 日本(北海道三石町)
馬主 (有)三石川上牧場
調教師 西浦勝一(栗東)
競走成績 6戦5勝
獲得賞金 2億5189万円
■Template (■ノート)
カワカミプリンセスは、日本の競走馬である。


カワカミプリンセスの出自カワカミプリンセスは、父キングヘイロー(高松宮記念-GIほか重賞4勝)、母タカノセクレタリー(その父シアトルスルー)という血統から、競走馬、繁殖牝馬としての将来を嘱望されたが、競走馬としては遅生まれであったことから、高値での売却が期待できず、生産牧場の所有馬として登録され、三石町川上のプリンセスになって欲しいとの願いから命名された。


カワカミプリンセスの戦績2006年2月26日、阪神競馬の新馬戦でデビュー。9番人気と評価は高くなかったが、本田優を背に逃げ切り勝利を収める。次走の君子蘭賞でも6番人気ながら勝利する。優駿牝馬(オークス)を目標にトライアルのスイートピーステークスに出走すると、直線で鋭く抜け出して3連勝。一気に優駿牝馬の有力候補となる。

本番の優駿牝馬では、桜花賞の2着馬で武豊鞍上のアドマイヤキッス、その桜花賞で優勝したキストゥヘヴンに続く3番人気に支持される。道中は中団外目で先頭から5、6番手を追走し、直線では前を行くアサヒライジングを交わして先頭に立つと、フサイチパンドラの追撃を抑えて1着でゴールした。無敗での優駿牝馬制覇は、クリフジ、ミツマサ、ミスオンワードに次ぐ49年ぶり史上4頭目のことであった。父のキングヘイローにとっても初のGI産駒となり、スイートピーステークスの出走馬からは(前身のスイートピー賞を含め)初の優駿牝馬優勝だった。

そして二冠を目指しての秋はトライアルに出走することなく秋華賞に直接挑戦。それでも最後は粘るアサヒライジングを交わして無敗での秋華賞優勝馬及び牝馬二冠馬となった。尚、無敗での同レース制覇はファインモーションに続き史上2頭目となる。また、優駿牝馬・秋華賞の無敗の二冠は史上初であった。

古馬との初対戦となったエリザベス女王杯では、GIの出走としては初めて1番人気に支持された。レースでは道中は後方に控え、第4コーナーから最後の直線にかけて一気に追い出し、1位で入線(※)した。しかし、最後の直線で内側に斜行し、ヤマニンシュクルの進路を妨害したため12着に降着となり、デビュー以来の無敗記録が途切れた。鞍上の本田優騎手は、「俺からナンボ制裁金を取ってもらっても構わない。でも、馬は堪忍してやってくれ…」と裁決委員に懇願したが、裁決は覆らなかった。日本のGI1位入線馬の降着は、1991年天皇賞(秋)のメジロマックイーン以来15年ぶり2度目である。なお、同競走後に右トモにかすり傷を負ったのが発覚したため、来年春までの予定で牧場に放牧される予定である。 一方、このレースで妨害を受けたヤマニンシュクルは、右前浅屈腱不全断裂の疾病を発症し、競走能力喪失の診断を受け、18日付で競走馬登録を抹消、引退することになってしまった。

※馬体の先端がゴールに到達すること


カワカミプリンセスの競走成績
年月日 競馬場 競走名 格 頭数 枠番 馬番 人気 着順 騎手 斤量 距離(馬場) タイム(上り3F) 着差 勝ち馬/(2着馬)
2006.02.26 阪神 3歳新馬 15 3 5 9人 1着 本田優 54 芝1400(不) 1:25.4(36.9) -0.2 (メイショウトッパー)
2006.03.26 阪神 君子蘭賞 500万下 18 8 17 6人 1着 本田優 54 芝1400(良) 1:23.0(35.3) -0.2 (サウスティーダ)
2006.04.30 東京 スイートピーS OP 18 4 8 1人 1着 本田優 54 芝1800(良) 1:48.4(34.6) -0.1 (ヤマニンファビュル)
2006.05.21 東京 優駿牝馬(オークス) GI 18 5 9 3人 1着 本田優 55 芝2400(良) 2:26.2(35.5) -0.1 (フサイチパンドラ)
2006.10.15 京都 秋華賞 GI 18 6 12 2人 1着 本田優 55 芝2000(良) 1:58.2(34.4) -0.1 (アサヒライジング)
2006.11.12 京都 エリザベス女王杯 GI 15 8 16 1人 12着 本田優 54 芝2200(良) 2:11.4(34.5) 降着 フサイチパンドラ


カワカミプリンセスの血統
父キングヘイローは欧州最強馬ダンシングブレーヴを父に、CCAオークスやブリーダーズカップ・ディスタフなど米GI8勝のグッバイヘイローを母にもつ良血である。また、母のタカノセクレタリーも父に米三冠馬シアトルスルー、母父に米国競馬最強馬セクレタリアトをもつ良血である。

カワカミプリンセスの血統 (ノーザンダンサー系/インブリード)


キングヘイロー
1995 鹿毛 *ダンシングブレーヴ
Dancing Brave
1983 鹿毛 Lyphard Northern Dancer
Goofed
Navajo Princess Drone
Olmec
*グッバイヘイロー
Goodbye Halo
1985 栗毛 Halo Hail to Reason
Cosmah
Pound Foolish Sir Ivor
Squander


タカノセクレタリー
1996 鹿毛 Seattle Slew
1974 Bold Reasoning Boldnesian
Reason to Earn
My Charmer Poker
Fair Charmer
Summer Secretary
1985 Secretariat
1970 Bold Ruler
Somethingroyal
Golden Summer Key to the Mint
Summer Guest F-No.4-m








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クモハタとは


クモハタとは

クモハタ
第八回東京優駿競走決勝線(右13番)
性別 牡
毛色 栗毛
品種 サラブレッド
生誕 1936年3月4日
死没 1953年9月10日
父 トウルヌソル
母 星旗
生産 下総御料牧場
生国 日本(千葉県成田市)
馬主 加藤雄策
調教師 田中和一郎(東京)
競走成績 21戦9勝
獲得賞金 7万4414円
■Template (■ノート)
クモハタ(1936年 - 1953年)は、父トウルヌソル(Tournesol )と母星旗(Fairy Maiden)の間に生まれた栗毛の牡馬。競争成績、種牡馬成績が認められ1984年に顕彰馬に選出された。半姉にクレオパトラトマスがいる。

気性と体質、さらに脚元には蹄叉腐乱などの問題を抱え、さらに初勝利が東京優駿競走(日本ダービー)の2日前だったが局部注射、鼻から豆乳などの努力により東京優駿競走を制した。以後は大競走に勝てず生涯成績は21戦9勝。クモハタは東京優駿競走を勝ったものの競走成績は超一流ではなく顕彰馬入りしたのは種牡馬成績によるところが大きい。その種牡馬成績は1952年 - 1957年リーディングサイアー等非常に優れたもので、代表産駒はGI級競走を勝利したものだけでもメイヂヒカリ(顕彰馬、1956年年度代表馬)等12頭。姉妹は半姉にクレオパトラトマス(別名月城、帝室御賞典)がいる。

1953年に浦河地区を襲った馬伝染性貧血流行の際、これに罹患した事により惜しまれつつ殺処分となる。享年18だった。

1951年からクモハタを記念して中山競馬場でTBS賞クモハタ記念(1959年まで2000メートル、以後1800メートル)が行われていたが、1980年ジャパンカップ設立に伴い廃止された。

クモハタの競走成績
1939年(11戦5勝)

東京優駿競走、3着 - 横浜農賞
1940年(10戦4勝)

2着 - 帝室御賞典(秋)、横浜農賞、3着 - 帝室御賞典(春)

クモハタの主な産駒メイヂヒカリ(菊花賞、天皇賞(春)、中山グランプリ(現有馬記念)、朝日杯3歳ステークス、オールカマー)
ヤシマドオター(桜花賞、天皇賞(秋)、4歳牝馬特別(オークストライアル)、中山記念(秋))
ハタカゼ(天皇賞(秋)、目黒記念(春・秋)、毎日王冠、カブトヤマ記念)
ニユーフオード(菊花賞、天皇賞(秋))
ミツハタ(天皇賞(春)、目黒記念(春)、東京杯、毎日王冠、セントライト記念)
クインナルビー(天皇賞(秋)、鳴尾記念(秋・春))
カツフジ(天皇賞(秋)、京都記念(秋))
キヨフジ(優駿牝馬、中山牝馬特別)
ワカクサ(阪神3歳ステークス、神戸杯)
タカハタ(朝日杯3歳ステークス、ダイヤモンドステークス、目黒記念(春)、日本経済賞)
キヨストロング(中山記念、カブトヤマ記念、京都記念(春))
ヒヤキオーガン(阪神大賞典、日本経済新春杯、中京記念)
ヤマカブト(中山大障害(秋)、東京障害特別(秋))
ケニイモア(中山大障害2回)

クモハタの血統表
クモハタの血統 (ゲインズバラ系/Hampton5×5=6.25% St. Simon5×5=6.25%)


*Tournesol
1922 鹿毛 Gainsborough
1915 鹿毛 Bayardo Bay Ronald
Galicia
Rosedrop St.Frusquin
Rosaline
Soliste
1910 黒鹿毛 Prince William Bill of Portland
La Vierge
Sees Chesterfield
La Goulue


*星旗
1924 鹿毛 Gnome
1916 栗毛 Whisk Broom Broomstick
Audience
Faiery Sprite Voter
Cinderella
Tuscan Maiden
1918 黒鹿毛 Maiden Erlegh Polymelus
Plum Tart
Tuscan Red William Rufus
Fine Feathers  F-No.16-h




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公営競技とは


公営競技とは
公営競技(こうえいきょうぎ)とは、公の機関がギャンブルとして開催するスポーツ競技の総称である。


日本における公営競技
現在日本で開催されている公営競技は以下の4つであり、2006年9月12日現在、全国38都道府県に107場存在する。

競馬(30場)
中央競馬(10場、うち札幌競馬場のみ地方競馬の開催も有り)
地方競馬(公営競馬)(21場、うち札幌競馬場のみ中央競馬の開催も有り)
競輪(47場)
競艇(24場)
オートレース(6場)
これらは全てパリミュチュエル方式により投票券が発売されており、勝利する競走対象を予想した投票券を購入して、予想が的中すれば配当金を受け取ることができる。
なお、狭義には、日本政府(農林水産省)直轄下の特殊法人である日本中央競馬会 (JRA) が開催する中央競馬を除外した、地方公共団体が開催するもの(地方競馬、競輪、競艇、オートレース)を「公営競技」という場合が多い。


公営競技の歴史
日本の(狭義の)公営競技は、第二次世界大戦による戦災からの復興支援を主目的とした公営ギャンブルの1つとして開催され、長年にわたり地方財政の健全化に大きく貢献してきた。しかし、1990年代以降、いわゆるバブル経済崩壊による不景気、パチンコ・パチスロの隆盛およびレジャーの多様化の影響などにより収益が年々悪化し、収益事業であるにも関わらず赤字となるケースが増加するようになった。このため、電話投票システムの導入、場外投票券売り場の拡充、高い配当金の期待できる新式投票券の導入などの方策が採られているが、収益悪化を理由に公営競技事業(特に地方競馬)からの撤退や、撤退を検討中の自治体が増加している。

現時点において、以下の県には公営競技場が全く存在しない。

宮城県
秋田県
山梨県
長野県
鳥取県
島根県
宮崎県
鹿児島県
沖縄県
また上記9県のうち、長野県と沖縄県には場外投票券発売場も存在しない。宮城県においては仙台市郊外に場外投票券発売場が存在するが、仙台市内には1軒もない。これは、仙台市が長年官民共に治安悪化の防止の観点から公営競技の設置を断っているからである。

逆に、現時点において以下の県には全ての公営競技場が揃っている。

埼玉県
競馬 : 浦和競馬場(地方競馬)
競輪 : 大宮競輪場、西武園競輪場
競艇 : 戸田競艇場
オートレース : 川口オートレース場
福岡県
競馬 : 小倉競馬場(中央競馬)
競輪 : 小倉競輪場、久留米競輪場
競艇 : 若松競艇場、芦屋競艇場、福岡競艇場
オートレース : 飯塚オートレース場
かつては群馬県も全ての公営競技場が揃った県であったが、2004年12月に高崎競馬場が廃止されて群馬県から競馬場が無くなった。


公営競技の代表的な競走どの競技も大きな競走(レース)になればなるほど、売上が多くなるだけではなくスタンドからの観客の声援も大きくなる。ここでは各競技の代表的な競走を列挙する。


公営競技の中央競馬
中央競馬において最高格付の競走である、GI競走を1年における開催順に記す。

フェブラリーステークス
高松宮記念
桜花賞
中山グランドジャンプ
皐月賞
天皇賞(春)
NHKマイルカップ
ヴィクトリアマイル
優駿牝馬(オークス)
東京優駿(日本ダービー)
安田記念
宝塚記念
スプリンターズステークス
秋華賞
菊花賞
天皇賞(秋)
エリザベス女王杯
マイルチャンピオンシップ
ジャパンカップダート
ジャパンカップ
阪神ジュベナイルフィリーズ
朝日杯フューチュリティステークス
中山大障害
有馬記念(グランプリ)

公営競技の地方競馬
地方競馬において最高格付の競走である、GI指定競走を1年における開催順に記す。

川崎記念
かしわ記念
帝王賞
ジャパンダートダービー
ダービーグランプリ
マイルチャンピオンシップ南部杯
ジャパンブリーディングファームズカップ(JBC)
JBCスプリント
JBCクラシック
全日本2歳優駿
東京大賞典

公営競技の競輪
競輪において最高格付の競走であるGP競走およびその下位にあるGI競走を、1年における開催順に記す。

競輪祭
オールスター競輪
高松宮記念杯競輪
日本選手権競輪(ダービー)
全日本選抜競輪
KEIRINグランプリ(グランプリ)

公営競技の競艇
競艇において最高格付の競走であるスペシャルグレード (SG) 競走を、1年における開催順に記す。

総理大臣杯競走
笹川賞競走
グランドチャンピオン決定戦競走
オーシャンカップ競走
モーターボート記念競走
全日本選手権競走(ダービー)
競艇王チャレンジカップ競走
賞金王決定戦競走
賞金王シリーズ戦
賞金王決定戦

公営競技のオートレース
オートレースにおいて最高格付の競走であるスーパーグレード (SG) 競走を、1年における開催順に記す。

全日本選抜オートレース
オールスターオートレース
オートレースグランプリ
日本選手権オートレース
スーパースター王座決定戦


日本以外の国における公営競技

世界各国で競馬は広く開催されており、何らかの形で競馬を行っている国は100ヶ国にも及ぶ。アメリカ合衆国やイギリス、オーストラリアでは馬券発行額が1兆円を超えている。ただし、世界各地で開催されている競馬の内、「公営競技」と言えるのは日本や韓国などの国だけであり、アメリカ合衆国など多くの国ではジョッキークラブ、競馬公社、競馬協会等によって開催されるため公営競技とはいえないものとなっている。また、競馬施行団体とは関係のない業者によって馬券が販売される場合(イギリスのブックメーカー=公認賭け屋など)や、そもそも競馬施行体による馬券発行がない例もある(ドバイワールドカップや草競馬の一部、神事の一環の競馬など)。

韓国では競輪競艇法に基づき競輪および競艇も開催され、2兆ウォンを超える売り上げがある。韓国競馬(韓国馬事会)の売り上げは8兆ウォン程度であり、同国最大の公営競技となっている。


公営競技関連キーワードギャンブル
公営ギャンブル
投票券 (公営競技)
国営競馬
ノミ行為
賭博
カジノ

タグ:公営競技
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競馬の競走とは


競馬の競走とは

中央競馬の開催に関しては競馬法施行規則第一条、地方競馬の開催に関しては競馬法施行規則第七条により開催を単位として行うことが記述されており、中央競馬は1開催8日間まで、地方競馬は1開催6日間まで施行することができる。 「1回東京競馬」などの開催の中において「土曜日、日曜日」などのまとまって開催されるものを節と呼ぶ習慣はあるが、正式に定義された用語ではない。

開催についての詳細は競馬の開催を参照すること。

競走は事前に発表されている競馬番組に沿って行われる。 競走に出走する競走馬はあらかじめ出馬投票を行って、 競走への出走が認められなければならない。 以下では競走の前後についての流れを順を追って、説明する。


競馬の競走の輸送
調教師は厩舎から競走が行われる競馬場まで、競走馬を輸送しなければならない。

中央競馬の場合、厩舎は基本的に美浦・栗東の両トレーニングセンターにあるため、競馬場とトレーニングセンターの間が距離が離れている場合がある。 近くの競馬場に出走する場合には競走当日に輸送するが、遠くの競馬場に出走する場合には競走前日や、それよりも前に輸送する。 例えば、本州と北海道の間は船便であり、移動に時間がかかるため、 事前に輸送しておき、競馬場の馬房に事前に滞在することが多い。 2002年に函館競馬場にウッドチップコースが完成した。 毎朝の調教にウッドチップコースが使えるということで、札幌競馬場に出走する馬が函館競馬場に滞在していることも多い。

地方競馬の場合、競馬場に併設して厩舎が置かれている競馬場と、 競馬場とは別の場所にトレーニングセンターが設けられている競馬場がある。

競馬場に到着した競走馬は競馬場の馬房にて、指定された時間まで待機する。


競馬の競走の調整ルーム騎手は外部との接触を防ぐため、騎乗前日の指定された時間までに競馬場・トレーニングセンターに併設されている 調整ルームに入らなければならない。 なお前日、他の競馬場で騎乗しており、指定された時間までに調整ルームに入ることができない場合には、届出が必要である。


競馬の競走の前検量
騎手は騎乗前に適正な負担重量を背負っているかどうかを調べるために前検量が行われる。

負担重量が不足している場合には、錘などで調整する。錘は騎手の服装につけるほか、鞍に入れることもできる。 体重オーバーなどで負担重量を超過している場合には、一定の重量までの場合には、そのまま騎乗できる(その場合でも騎手に対して制裁がある)が、一定の重量をも超過している場合には騎乗できず、別の騎手が騎乗することとなる。後検量も同様であるが、振子式はかり(機械式非自動はかりの一種)が使用されることが多い。


競馬の競走の装鞍所
競走馬は指定された時間までに装鞍所に向かい、前検量をうけて合格した鞍を取り付ける。 鞍の付けるのは、鞍に不正されることを防ぐため、装鞍所の係員の前でつけなければならない。 この際に競走馬のチェックも行われ、馬体重も測定される。

中央競馬の場合には発走時刻の90分前までに向かわなければならない。 中央競馬では馬体重は全馬測定されるが、地方競馬では馬体重計で暴れて測定できない場合「測定不能」で下見所に向かう。これは中央競馬が歩行式の電気式はかりを導入しているのに対して、地方競馬は対象が静止しないと計量することが困難な振子式はかり等の機械式はかりを使用していることによるものと推察される。また馬体重の発表は中央競馬は2キログラム刻み、地方競馬は1キログラム刻みである。これも使用しているはかりの目量の違いによるものとされている。


競馬の競走の下見所
次は装鞍所から下見所(パドック)に向かう。 ここで一般のファンに馬の状態を見せる。下見所では、厩務員や調教助手(まれに調教師)により曳かれて周回を行う。 この際に装鞍所で計測された馬体重を掲示する。馬体重の掲示においては前走との増減もあわせて掲載される。 ただし、初出走の場合や、前回に馬体重を計測する習慣がない外国の競走に走っていた場合には前走との増減は掲示されない。 周回が合図によって止められると、騎手が整列し点呼を受けた上で、各競走馬に騎乗に向かう。 ただし、騎手は本馬場入場までに騎乗すればよいため、 下見所で騎乗せず、本馬場の手前で騎乗する場合もある。 また、表彰式などで下見所で騎乗できない場合もある。


競馬の競走の本馬場入場
下見所から本馬場に入場する(外国ではここでファンファーレを鳴らす。日本でも入場行進テーマ曲が流される)。 この時点で改めて発走委員が競走馬をチェックする。 本馬場入りの際には騎手は必ず騎乗していなければならない。また馬を曳いていた人は曳き手を離さなければならない。 ダグやキャンターで準備運動を行い、退避所で集合時間まで待機する。

その後、集合の合図が掛けられ、ゲート後方(一部コースではゲート前方)に集合し輪乗りを行う。 ただし、輪乗りで他馬に危害を加える馬については輪乗りには参加しない。 輪乗りの途中で勝馬投票券の投票は締め切られ、集計に入る。 この集計が終わらないと発走に入ることができない。


競馬の競走の発走スターターが台にたって小旗が振られるとゲート入りの体制になる。 日本では、小旗が振られた時点でファンファーレが鳴り響くが、これは日本だけの習慣であり、外国では(ゲート式の場合)ゲート入りの前に何かがあるわけではなく、粛々とゲート入りが行われる。 特にグレードワン競走の場合、ファンファーレに合わせて手拍子の大歓声が起きる。この大歓声に驚いて興奮してしまう競走馬もいる。

ゲート入りの段階までで、騎手を振り落として空馬になって走ってしまったり、ゲート内で暴れたりした場合には、ゲートに入っていたとしても、競走馬を出して馬体検査を行う場合がある。外傷や疲労が見られた場合には、競走から除外される。この時点での除外馬について、この馬を対象した勝馬投票券は確定後払い戻しの対象となる。

ゲートが真正に開いた時点で競走馬は全て出走馬とみなされ、それ以後、出走を取り消したりすることはできない。 従ってゲートが真正に開いたにも関わらずゲートから出なかった場合や、ゲート直後に落馬した場合は全て競走中止馬とみなされる。 これらの競走中止馬を対象した勝馬投票券はすべて外れとなる。

ゲートが不正に開いた場合。たとえば、ある枠のゲートだけ開かなかったり、逆に早く開いてしまったりした場合には発走のやり直し(これをカンパイという)となる。 このとき、ゲートの前方で旗が振られ、真正な発走でなかったことを騎手に伝える。


競馬の競走の到達順位
決勝線に先頭で到達したものがその競走の勝者である。 ただし、正規に到達してない場合には、2番目に到達したものが勝者となる。

先頭から指定された時間以内に決勝線に到達できなかった場合(競走中止・疾病などの場合は除く)、能力が足りないとみなされ、一定期間の出走禁止処分が下される。

なお、相手より先に決勝線に到達することを「先着」という。


競馬の競走の後検量

競走が終了すると、指定された負担重量で騎乗していたか。また前検量と劇的に重量が変化していないかを確かめるため後検量が行われる。


競馬の競走の審議・確定
不正はないかの審議が行われる場合がある。審議が行われる場合には着順表示板などに審議を行う旨が表示される。多くの場合には青いランプが点灯すると同時に「審」の文字が表示される。この審議が行われる旨は、競走中に早々と示される場合もあれば、後検量で負担重量に問題があった場合など、競走が終わってしばらくしてから示される場合もある。

不正があった場合には、失格・降着・過怠金などの制裁が取られる。

審議が終了すると、競走の成績が確定され、勝馬投票券の配当額が発表される。 この時点以後に理化学検査などで成績が変更されても、勝馬投票券の配当は変更されない。


競馬の競走の表彰式
一部の競走(中央競馬では特別競走)では優勝馬に対して表彰式がウィナーズサークルなどで行われる。グレードワン競走では馬服やレイなどが競走馬にはかけられる。

競走を終えた競走馬は馬房に引き上げたあと、輸送され再び自分の厩舎へと帰っていく。


競馬の競走の備考そのほか、競走に対しては以下のように定められている。

競走に勝つ意志を持たずに競走馬を出走させてはならない。
騎手は競走で馬の全能力を発揮させなければならない。
災害や投石等の妨害行為があった場合や、所定の走路と異なる走路で行われた場合には、その競走は不成立となる。

タグ:競馬の競走
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競走馬とは


競走馬とは

競走馬(きょうそうば)は、競走用に改良された馬。競馬の競走に用いられる馬の総称。以下、競走馬に関するさまざまな事柄に関して記述する。

なお、競走馬の血統や配合に関する事柄については、競走馬の血統を参照のこと。


競走馬として用いられる馬の品種
平地競走用
サラブレッド
サラブレッド系種
アングロアラブ
アラブ系種
アラブ種(フランス・中東など)
クォーターホース
ポニー(韓国・済州島)
障害競走用
サラブレッド
セルフランセ
繋駕競走用
スタンダードブレッド
その他トロッター
ばんえい競走用
ペルシュロン
ブルトン
ベルジャン
半血(上記3品種あるいはそれ以外の種との混血)
なお、かつて(明治以降、おおむね1950年代前半まで)の日本においては、馬資源の不足などの理由から品種を問わず平地競走にも用いられていた。


競走馬の生産・育成の過程ここでは、主に日本での競走馬の生産・育成の過程を記載する。馬齢については2000年以降の新表記(出生年をゼロ歳、翌年を1歳…)で記す。


競走馬の生産地
日本では、北海道の日高地方、青森県、岩手県に競走馬を生産する牧場が多い。


競走馬の種付け種牡馬と繁殖牝馬を交配させ、繁殖牝馬を妊娠させること。一般に、毎年春に起こる牝馬の発情にあわせて行われる。なお、他の家畜では一般的な人工授精によって競走馬を生産することは国際血統書委員会(ISBC)によって禁止されている。


競走馬の出産・離乳ウマの妊娠期間は約330日である。出産時期は2〜6月頃である。生まれた仔馬は出産から約6ヶ月で母馬から強制的に引き離される。


競走馬の馴致
競走馬として扱われることにウマを慣れさせることを馴致またはブレーキングという。もっとも初歩的な馴致は人間の存在に慣れさせることであり、これは一般に生まれた牧場で行われる。

1歳になると育成牧場ヘ移動させ、馬具の装着に慣れさせることに始まり、最終的には人間が騎乗することに慣れさせる。


競走馬の馬主による購入

競走馬用のウマははじめは生産者が所有するが、やがて馬主によって購入される。一般的な時期は生まれた直後から2歳にかけてである。購入方法は競り市(セール)による場合と、生産者と馬主の直接取引(庭先取引という)による場合とがある。馬によっては引き続き生産者自身が馬主となり、レースに出走させる場合もある。外国産馬の場合は、外国のセールで馬主が購入して日本に輸入することになる。購入に関しては馬主や生産者と関係が深い調教師が絡む場合も多い。

また、日本においてはあまり一般的ではないが、ピンフッカー(Pinhooker)と呼ばれる育成専門の業者が介在する場合もある。このピンフッカーは当歳ないし1歳馬を購入し、調教を加えて市場価値を高め、2歳時のセリ市で高値で売却することを目的とする。

かつては生産者から日本中央競馬会(JRA)が購入して自ら育成した後、抽選で馬主に再販売された抽せん馬もあった。


競走馬の競走馬登録・入厩

競走馬として登録され、デビューに備えて管理にあたる調教師の厩舎に預けられる。入厩の時期は一般に2歳の春から夏にかけてである。なお、レースに出走するまでに競走馬名が決定する。

競走馬名に関するルールの詳細については、競走馬名を参照のこと。


競走馬の競走生活
日本においては2歳の春(5〜7月頃)以降、レースに出走することとなる。なお、一定の期間は出走経験のない競走馬のみが出走することのできるレース(新馬戦)が主催者によって用意されるのが一般的である。競走生活は一般的に5歳前後まで続く。なお、競走を重ねるにつれて、個々の競走馬の能力や適性が次第に明らかになる。

競走馬の故障・疾病に関する詳細については、故障を参照のこと。


競走馬の競走生活からの引退
競走馬が引退する時期については、種牡馬や繁殖牝馬としての期待の大きさや健康状態、馬主の意向などさまざまな要因が作用する。なお、日本においては、競走生活を引退した後に種牡馬または繁殖牝馬として産駒を生み出した馬が再び競走馬となることはできない。

競走生活を引退した馬のその後の用途としては、

種牡馬や繁殖牝馬
競馬場の誘導馬
馬術競技
乗馬
などの選択肢があるが多くは乗馬となる。ただし、表立って発表はされないものの、現実には殆どの馬が食肉として処分される。


競走馬の競走馬名
現在では、競走馬は競馬に出走するにあたり馬名登録を済ませることが義務付けられている(馬名登録義務)。

競走馬名については競馬と生産に関する国際協約(通称: パリ協約)により、アルファベット18文字(空白を含む)までと決められている。これに倣い日本ではカタカナ2文字以上9文字以下(訓令式でローマ字表記すれば18文字を超えない)、香港の漢字表記では4文字以下となっている。

欧米では、競走馬名は父や母の名前から連想して付けられることが多い。(例: ノーザンダンサーの直仔など)


競走馬の日本における競走馬登録
日本における馬名登録の時期・方法については、以前はトレーニングセンター(中央競馬の場合美浦・栗東)に入厩するか、産地馬体登録検査をする時にJRAに申請して正式登録となったが、2002年からJRA、NAR(地方競馬)の全ての競走馬登録を財団法人日本軽種馬登録協会が一括して行うようになり、血統登録証明書が発行され次第(概ね1歳7月以降)馬名登録が出来るようになった。


競走馬のルール馬名に使用できる文字はカタカナのみ。アルファベット・数字・記号・その他カタカナ以外の文字は不可。
特殊なカナでは「ヲ」「ヴ」の事例はある。旧仮名遣いにしか使わない「ヰ」「ヱ」については、過去にはスウヰイスーのように使用された例はあるが、現在は現代仮名遣いに限ると定められているため使用できない。
字数は2文字以上9文字以内。
過去に、「ヤ」と言う馬が存在した(名前は「矢」からとったものと思われる。)ように、実際は1文字でも登録できるものの、発音などの問題から極力使わないように指導している。よって実質2文字以上9文字以下となっている。

日本以外で登録された競走馬についてはカナによる制約を受けないため、輸入種牡馬やジャパンカップなどの国際招待競走でカナ馬名にすると10文字以上の馬がいる。(例:サイレントウィットネス(Silent Witness)、ストラテジックチョイス(Strategic Choice)、マークオブディスティンクション(Markofdistinction))。
過去に登録された馬名については登録抹消後5年を経過しないと再使用できない。

重賞勝ち馬の馬名は登録抹消後10年使用できない。
GIクラスのレース、または貢献度の高い馬であった馬名、あるいは海外の主要大レース(国際保護馬名、後述)で優勝した場合はその馬名の再使用が一切認められない(相撲の四股名で言う「止め名」、あるいはプロ野球の永久欠番に相当)。ただし、当該馬名に冠号など別の単語を付け足した馬名は認められることがある(シンザン→ミホシンザン、ベガ→アドマイヤベガといった例がある)。
特定の個人・団体名など宣伝(営利)目的のような馬名は認められない。ただし、馬主自身の名称や商標については冠号(名前の頭や後ろに統一的に付される語)として認められる(「サクラ」「ニホンピロ(ー)」「シチー」など)。

著名人と同じ馬名は認められない。「リンカーン」「シャラポワ」「ペリー」などフルネームでない場合は登録できる。
公序良俗に反する名前は使用できない。
馬名変更前の旧馬名は2年間使用できない。
馬の性別にそぐわない馬名は認められない場合もある。「アポロン」の名がついた馬名が(男神由来のため)牝馬に認められなかった例がある。

競走馬の珍馬名

従来、馬の名前には、主にスピードや強さを表す語(パワー、スピード、ハヤテ、ハヤト、ストロング、サンダーなど)が良く使われていたが(他には星座やギリシャ神話の神、牝馬のレディ、フラワー、ガールなどの英単語はあったが、日本語のフレーズはジョオー、ヒメなどを除きほとんど使われていなかった)、日本における馬名がカタカナ9文字までに制限されているため、馬の名前に使えそうなスピードや強さを表す語はほとんど使い尽くされてしまったことや、これに伴う登録基準の緩和からか、1990年代以降、単なる漢語や和語、フレーズなどをそのまま馬の名前にした、いわゆる「珍名馬」が増加している。

代表例は、2006年の高松宮記念を制した「オレハマッテルゼ」を始めとする小田切有一の所有馬、「マチカネ」の冠を付けた馬を所有する細川益男らであろう。一連の「珍名馬」増加の背景には、日本語のフレーズを馬の名前に最初に採用した小田切の影響、あるいは国際レースの増加に伴う海外の馬との名前の重複の可能性の回避などが強いと思われる。

競走馬の国際保護馬名
国際保護馬名(International list of protected names)は、過去の優秀な成績の競走馬や主要な種牡馬や繁殖牝馬との馬名の重複を防ぐために国際競馬統括機関連盟によりアルファベットで登録され管理されている。

登録基準は、2005年以降では主要な国際競走(カルロスペルグリニ大賞、ブラジル大賞、コックスプレート、ドバイワールドカップ、香港カップ、凱旋門賞、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス、アイリッシュチャンピオンステークス、ブリーダーズカップ・クラシック、ブリーダーズカップ・ターフ)の優勝馬、国際血統書委員会が申請した主要な種牡馬・繁殖牝馬、競馬統括機関が申請した優秀な成績の競走馬と規定されている。 なお、2004年以前は対象となる競走が一部異なっていた。

日本調教馬も前出の対象競走優勝馬の他に、一部の東京優駿の優勝馬(例:SHINZAN、TAKE HOPEなど)や著名馬(HAISEIKO)などが登録されている。また2006年度時点のリストには、KATSURANO HAISEIKO、OPEC HORSE(ともに東京優駿優勝馬)が登録されている一方で、St.Lite(1934年の三冠馬)、NARITA BRIAN(1994年の三冠馬)やOGURI CAP(顕彰馬)が未登録など必ずしも一貫して申請・登録されてはいない。


競走馬の適性

前述のように競走馬は競走を重ねるにつれて、競走を行うにあたっての適性が次第に明らかになる。そうした適性について記述する。

競走馬の距離に関する適性
日本においては、競馬の競走は平地競走は最短800m最長3600m、障害競走は最長4250mの距離で行われる。 競走馬にはそれぞれ、得意とする距離のレースがある。距離に関する適性は競走馬自身の走法や体型、気性などのさまざまな要因の影響を受ける。競走馬生活を送るうちに走法や気性が変化し、それに伴って距離適性が変化する競走馬もいる。


競走馬の得意距離による馬の呼称

競走馬のスプリンター
スプリンターとは、6ハロン(約1200m)前後の距離を最も得意とする競走馬のことである。(代表馬:サクラバクシンオー・サイレントウィットネス)

一般に、胴が短く筋肉質な体型の馬が多い。また、気性面においてはスタートから全力で走ろうとする馬が多い。

中央競馬では伝統的に長距離のレースで活躍する馬が評価される傾向が強く、スプリンターには活躍の場が少なかった。中央競馬においては1984年にグレード制が導入された時点では1200mのGIレースは存在せず、1990年にスプリンターズステークスが初めてGIに格付けされた。さらに1996年以降は高松宮記念(高松宮杯)が1200mのGIレースとして施行されている。2006年には夏競馬において、サマースプリントシリーズが整備され、ますますスプリント路線が整備されている。なお中央競馬では生粋のスプリンターが年度代表馬に選出されたことは無い。

競走馬のマイラー
マイラーとは、1マイル(約1600m)前後の距離を最も得意とする競走馬のことである。(代表馬:タイキシャトル・ニホンピロウイナー)

スピード能力に優れるが、スタミナに欠けるため2000メートル以上の距離になると最後に失速する事が多い。ただし、あまりに競走能力が違いすぎていたり、レース展開によっては、多少距離が長くても最後まで失速せずに勝ってしまう場合もある。逆に、スプリンターほどスタートダッシュは早くないので、1400m以下の短距離戦では能力を出し切る前にレースが終わってしまう事もある。

前述したように中央競馬では伝統的に長距離のレースで活躍する馬が評価される傾向が強く、グレード制導入以前は八大競走の中で1600mのレースは桜花賞のみであった。1984年にグレード制が導入された際に安田記念とマイルチャンピオンシップがGIに格付けされたことで初めてマイラーに大きな活躍の舞台が与えられた。その後は1996年にNHKマイルカップが3歳のチャンピオンマイラー決定戦として、また、2006年にヴィクトリアマイルが古馬牝馬のチャンピオンマイラーを決定するGIレースとして創設されるなど、マイラーの活躍の場は増加しつつある。また、二歳馬のチャンピオンを決めるレースが中山競馬場で朝日杯フューチュリティーステークスが阪神競馬場で牝馬限定の阪神ジュべナイルフィリーズが1600mで行われている。


競走馬のステイヤー

ステイヤーとは、長距離レースを得意とする競走馬のことである。2500m以上の距離が長距離とされ、クラシック・ディスタンスの2400mも長距離に含む場合がある。概して3歳秋以降に頭角を現す晩成型の馬が多い。(代表馬:メジロマックイーン・ライスシャワー)

一般に、胴が長くすらりとした体型の馬がステイヤーであり、また、長距離レースを勝つためにはペース配分が重要であるため、騎手に逆らって暴走することがあるような気の荒い馬は少なく、素直でおとなしい気性の馬が多い。スタートで大きく出遅れることが多い馬は、出遅れを挽回できる長距離レースでしか勝てないという場合もある。

かつての日本では中央競馬における八大競走のうち古馬が出走できるレースがすべて2500m以上で行われるなど、ステイヤーとしての資質こそが優れた競走能力の証であると評価されていた。しかし近年はマイルないし中距離のレースにおけるスピードを重要視する世界的な風潮の影響から、中央競馬においても1984年に秋の天皇賞の施行距離が3200mから2000mに縮小されるなど、ステイヤーが活躍する長距離レースは施行数が減少傾向にある。

また、近年は中央競馬の全体的な傾向として早熟なスプリンターやマイラーを父に持つ血統が人気を集めているため、ステイヤーは種牡馬としても繁殖牝馬が思うように集まらず、苦戦する傾向にある。しかしながら母の父としてはスタミナを伝える役割を期待されることが多く、活躍馬の母の父として血を残すステイヤーも数多い。


競走馬のコースに関する適性

競走馬の馬場の種類に関する適性
日本では芝とダート、2種類のコースによってレースが行われる。芝コースの競走のみを得意とする競走馬を芝馬、ダートコースの競走のみを得意とする競走馬をダート馬という。いずれのコースの競走をも得意とすることを芝ダート兼用、あるいは万能と表現する。

なお、ダートに関しては競馬場によって砂質や砂の深さに違いがあり、ダート馬であるからといってあらゆる競馬場のダートコースに対応できるとは限らない。とくに国による砂質の差は大きい。


競走馬の馬場状態に関する適性
競走馬の中には降雨や降雪によって悪化した馬場状態での競走を得意とするものがいる。そのような競走馬を道悪巧者、重巧者、不良巧者などと表現する。また、馬場状態がよくとも芝が踏み荒らされているなど、悪条件での競走を得意とする競走馬もいる。


競走馬のコースの形態に関する適性
競馬場の中にはコースの一部(主にゴール前)に急な勾配をもつものがあるが、そのようなコースを苦手とする競走馬もいる。そのような競走馬は勾配のない平坦なコースでよりよい成績を挙げるため、平坦巧者と呼ばれることがある。


競走馬の左回り・右回りに関する適性
競馬の競走は、競馬場によってコースを右回りに周回する場合と左回りに周回する場合とがあるが、いずれかを苦手とする競走馬がいる。なお、一般に競走馬は左回りに周回する場合のほうが右回りに周回する場合よりも早く走ることができるとされる。ちなみにヒトも多くの人は左回りの方が周回しやすいと言われている。


競走馬の障害競走の適性
一般に、障害を飛越する能力の高い馬は障害競走の適性を持つといえる。 日本では多くの場合、平地競走で成績が振るわない競走馬が障害競走に転向するが、平地競走の能力が著しく劣る競走馬であっても、障害を飛越する能力が優れているために障害競走で優れた成績を収める例は数多い。

競走馬の競走馬の性質・癖
競走馬の持つ性質や癖について記述する。


競走馬の物見
競走馬は基本的に臆病な性格で警戒心が強い。とくに初めて足を踏み入れた場所や初めて見る対象に対して強い警戒感を示す。これを物見といい、レースや調教において走りに集中できない要因となることがある。


競走馬の競走馬生産の歴史 (日本)


競走馬の江戸時代
江戸時代、欧州ではいわゆるサラブレッド生産と現代式の競馬が体系化・整備された時期を迎え、鎖国下の日本にも僅かに欧州産の血統管理された馬が輸入された。著名な例としては、1863年(文久3年)に、フランス皇帝ナポレオン3世から徳川家茂に贈呈された26頭の駿馬がいる。このときの1頭である牝馬の高砂は孕仔の吾妻を産む。

吾妻の子孫は明治全期を通じて大いに繁栄し、13頭の帝室御賞典競走の勝ち馬を出したほか、1955年(昭和30年)の最良アラブに選出されたタツトモや1999年(平成11年)NARアラブ系最優秀3歳馬ハッコーディオスをはじめ昭和、平成の時代も活躍馬を輩出し、現在でも地方競馬の重賞勝馬を出している。しかしながら26頭のうちのほとんどは、重臣らに分け与えられてしまい、国産馬の改良には全く寄与しなかった。この時代には、このような名駿が日本に持ち込まれたにもかかわらず、欧州式の馬産・品種改良の方法論は導入されなかった。近代的な馬産が行われるには、明治期を待たねばならない。

横濱競馬場では、設立当初は日本馬と中国産馬によって競走が行われていたが、後に競走馬の質と量を確保する目的で、主にオーストラリアからサラブレッド競走馬が輸入された。当時の日本には血統登録制度が確立されておらず、こうした濠州産サラブレッド(濠サラ)は後に公式な記録がはじまると「血統不詳馬」となった。これらの濠サラは競走引退後に払い下げられ日本各地で繁殖に供されたが、ミラなどの大いに活躍したごく一部の競走馬を除いて血統や競走の記録は失われ、単に「洋種」馬として供用された。高砂や吾妻も同様の扱いを受けており、血統管理と淘汰に立脚した品種改良を目的とする近代的な馬産は、まだ確立されていない。


競走馬の明治時代
明治時代、政府による近代的な産業振興策に基づいて、日本国内では官民による洋式の牧場が各地に開設された。これらの牧場のうち著名なものとしては、内務大臣大久保利通が旧幕府の御料牧場を改良して岩山敬義に監督させた下総御料牧場、北海道開拓使黒田清隆がエドウィン・ダンを顧問に日高に拓いた新冠牧場(後の新冠御料牧場)、三菱財閥が岩手に開設した小岩井農場、八戸に追放された会津藩士が1872年(明治5年)に興した青森の広沢牧場などが挙げられる。

これらの牧場では、乳牛・肉牛・綿羊・肉豚などと並び、乗用馬、貨車用馬、農耕馬など様々な目的で様々な品種の馬が輸入され、血統のはっきりしない在来種、洋種(前述の濠サラなど)、血統のはっきりしているアラブ、アングロノルマン、アングロアラブ、ギドラン、ハクニー、トロッターらに混じってサラブレッドが繋養されているといった状態で、これらの交配によって雑種も生産された。この時代にはサラブレッド種牡馬・種牝馬の数が絶対的に不足していたこともあり、競走用のサラブレッドの生産が本格化するのはもう少し先のことで、さまざまな種の雑種の生産や育成を通じて西洋式の馬産の方法技術を模索していた時期と言える。

明治初期には広沢牧場をはじめ各地に西洋風の方式を取り入れた牧場が創設されたが、これはもっぱら特権を失った士族への授産という性格が濃く、計画的な馬の品種改良には至っていない。体系的な馬産が開始されるのは明治中期のことである。1894年(明治27年)の日清戦争、1899年(明治32年)の北清事変、1904年(明治37年)の日露戦争に際し、陸軍は軍馬として在来種を中心とした日本産馬を大陸に連れて行き、西洋の馬との差を痛感することになる。

北清事変後の北京では、駐屯する西洋列強の軍馬に比べ、日本産馬は馬力、速度、持久力、悍性とすべてにおいて著しく劣っていることが明らかになる。列強の馬に比べると日本産馬は20センチほど体高が低く、走らせると1分で180メートルも引き離された。性質も悪く、日本産馬は集めて繋ぐと暴れ、物資を運ばせれば転倒し、大砲を運ばせれば動きが鈍く、騎手の指示に従わず、牝馬を見れば発情し、銃声に驚いて逃げ出す有様で、西洋列強の軍隊との共同作戦において隊列を乱したり行軍を遅らせたりと列国に多大な迷惑を与え、西洋からは日本の馬は猛獣かとか日本の騎兵は馬の一種に乗っていると嘲笑された。あわてた軍部は日英同盟を頼って濠州からサラブレッド牝馬を大量輸入するが、これらの馬は結局戦場には連れて行かれず、民間に払い下げられた。

特に日露戦争の陸戦では日本側の人的損失は甚だしく、戦後の国内世論は西洋並みの優秀な軍馬を育成することが急務であると説き、やがてそれは明治天皇の知るところとなる。1904年(明治28年)に政府内に馬政調査会が設置されて国内各地に官営の種畜場が開設されていたが、もともと馬術に関心の強かった明治天皇は元老伊藤博文に馬匹改良を命じ、1906年(明治39年)には第一次桂太郎内閣直属の馬匹改良を目的とした馬政局が設立、農商務・外務・大蔵・逓信大臣を歴任した曽根荒助男爵が馬政局長官に任命され、軍馬改良を柱とする馬政30年計画が上奏された。馬政局は奨励する種馬の種類として、軽種にサラブレッド、中間種にハクニー、重種にペルシュロンを指定し、これを補うものとしてギドラン、アングロアラブとアングロノルマンを選定した。

これを受けて国営の奥羽種畜牧場では1906年(明治39年)に濠州産馬128頭を輸入、翌年にはインフォーメーションなどの種牡馬を導入した。宮内省管轄の下総御料牧場は(1907年(明治40年)にブラマンテー、サッパーダンスなどサラブレッド種牡馬4頭を英国より輸入すると共に、雑種の繋養馬を売却処分した。民間では三菱財閥の小岩井農場が1907年(明治40年)、種牡馬インタグリオーと種牝馬20頭を英国より輸入し、本格的なサラブレッド生産に着手した。このとき小岩井農場に輸入された種牝馬のうち、ビューチフルドリーマー、フロリースカップ、アストニシメント、プロポンチスなどの子は特に優秀で、これらの小岩井農場の基礎輸入牝馬の子孫は現在にまで連なる繁栄を示している。

競走馬の関連キーワード
競走馬一覧
三大始祖
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ゴドルフィンアラビアン

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競馬の歴史とは

競馬の歴史

競馬(近代競馬)の成立と発展の歴史について

ヨーロッパ

16世紀
イギリスにおいて、競馬場が建設され競馬が行われるようになる。

17世紀
フランスにおいて競馬が行われるようになる。

17世紀末〜18世紀初頭
ウマの品種改良が進み、イギリスの在来種に海外から輸入したアラブなど東洋系の品種を配合することでサラブレッドと呼ばれる種が誕生した。

18世紀
アイルランドにおいて競馬が行われるようになる。
末期に、イギリス・ニューマーケット競馬場においてはじめてブックメーカー方式による賭けが行われる。

19世紀
ドイツ、イタリアにおいて競馬が行われるようになる。 北米

17世紀
イギリスの植民地であったアメリカにおいて競馬が行われるようになる。

18世紀
フランスの植民地であったカナダにおいて競馬が行われるようになる。
南米

19世紀
ブラジル・ウルグアイ・アルゼンチン・チリ・ペルーで競馬が行われるようになる。

20世紀
1992年、ブラジルでジョッキー・クラブ・ブラジレイロが発足。

オセアニア

19世紀
イギリスの植民地であったオーストラリア・ニュージーランドにおいて競馬が行われるようになる。
1840年、オーストラリアでオーストラリア・レーシング委員会(1842年よりオーストラリアン・ジョッキー・クラブ)が発足。
1851年、オーストラリアでサウス・オーストラリアン・ジョッキー・クラブが発足。
1853年、ニュージーランドでオークランド・ジョッキー・クラブが発足。
1873年、ニュージーランドでベイ・オブ・プレンティ競馬クラブが発足。
1874年、ニュージーランドでオークランド・ジョッキー・クラブとオークランド・ターフ・クラブが合併し、オークランド・レーシング・クラブが発足。
1889年、ニュージーランドでアヴォンデール・ジョッキー・クラブが発足。

20世紀
1964年、オーストラリアでゴールドコースト・ターフクラブが発足。
アジア

19世紀
1842年、シンガポールでシンガポールスポーツクラブ(1924年にシンガポールターフクラブと改称)が発足。
1862年、日本の外国人居留地で西洋式の競馬が行われるようになる。
1867年、フィリピンでマニラジョッキークラブが発足。
1884年、香港で香港ジョッキークラブが発足。

20世紀
1901年、タイでロイヤルバンコクスポーツクラブが発足
1916年、タイでロイヤルターフクラブオブタイランドが発足。
1922年、日本統治下の朝鮮で朝鮮競馬倶楽部が発足。
1936年、日本で日本競馬会が発足。
1937年、フィリピンでサンタアナターフクラブ(のちにフィリピン競馬クラブと改称)が発足。
1942年、朝鮮で朝鮮馬事会(太平洋戦争終結後、韓国馬事会と改称)が発足。
1948年、日本で日本競馬会が解散し、国営競馬が始まる。
1954年、日本で日本中央競馬会が発足。
1963年、マレーシアでマラヤン競馬協会が発足。
1989年、マカオでマカオジョッキークラブが発足。
1996年、アラブ首長国連邦で第1回ドバイワールドカップが行われる。

アフリカ
18世紀末
南アフリカ共和国、ジンバブエで競馬が行われるようになる。

19世紀
1882年、南アフリカ共和国で南アフリカ・ジョッキー・クラブが発足。
1887年、南アフリカ共和国でヨハネスブルグ・ターフ・クラブが発足。
1892年、ジンバブエでマショナランド・ターフ・クラブが発足。

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グレード制とは

グレード制とは

競馬における競走格付け制度の1つです。
一般にレベルや重要度の高い順にグレードワン、グレードツー、グレードスリーと格付けする。ヨーロッパ・オセアニアの平地競馬・繋駕速歩競走では同様の格付けのことをグループ制と称するが、通常使用する上では両者に違いはありません。

日本でグレード制は最初競馬のみに導入されたが、グレードを興行のブランド化する手法が他の公営競技でも広く受け入れられるようになったため、競馬の後をうけて競艇・オートレース・競輪でも主要競走がグレードによって格付けされるようになった。これらではグレードワンの上にスペシャルグレードやスーパーグレード・グランプリが設定されている。各記事を参照のこと。

国際グレード
セリ市では、販売者が売りたい馬をよりよく見せようと様々な努力を重ねる。購入者が事前にせり市における購買予定馬のチェックの資料とするためのせり名簿があり、せり名簿に対しても売りたい馬をよりよく見せたいという販売者の意向が働くのは当然のことであろう。しかし、せり市では公正な市場を構築する必要があり、その中でもせり名簿の作成基準が必要となった。

そこで、国際セリ名簿基準委員会(International Cataloguing Standard Committee: ICSC)がせり名簿の作成基準を作ることとなった。せり名簿はその馬の父や母を含む血統構成やその競走成績を記載する。そこで勝利した競走がどのような競走であるかを格付けする必要が生じたために、このグレード制が用いられることとなった。1971年にはヨーロッパでグループ制が、1973年にはアメリカでグレード制が採用された。

国際セリ名簿基準委員会では世界中の平地競走と障害競走を国際セリ名簿作成基準書に記載している。しかし競馬のレベルは国によって様々であり、従ってその国の競馬のレベルを考慮する必要があった。そこで、国をパート1からパート3に分け、その中でパート1の国のグレード、グループのみがせり名簿に記載できるという作成基準を設けた。パート2以下の国のグレードも国際セリ名簿作成基準書には記載されているものの、ICSCが定める作成基準ではせり名簿に記載できない。

国際セリ名簿作成基準書は毎年発行されており、作成基準では競走が施行された年の国際セリ名簿作成基準書に従って記載しなければならないとされ、後の年でパートの変更およびグレードの変更が行われても、その前の年の競走には反映されない。たとえば、2001年にステイゴールドが勝利をしたドバイシーマクラシックは、2001年の国際セリ名簿作成基準書にはパート1の部にグレード2で記載されているが、翌年よりグレード1となったが、せり名簿上、ステイゴールドが勝利をしたドバイシーマクラシックはグレード2と記載される(ステイゴールドは他にグレード1の香港ヴァーズに勝利している)。また障害競走は国に関係なくグレード制と呼称し、パート4に記載している。

2006年現在、パート1の国はアルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、フランス、ドイツ、イギリス、アイルランド、イタリア、ニュージーランド、ペルー、南アフリカ、アラブ首長国連邦、アメリカ合衆国であり、これらの国の各グループ・グレードはICSCに従ったせり名簿に記載できる。またパート2の国の香港、日本、スカンジナビア諸国(ノルウェー、デンマーク、スウェーデン)、シンガポールの一部重賞がパート1に掲載されており、これらもパート1の国のグレード・グループと同様にせり名簿に記載できる。

日本はパート2国で、国際セリ名簿作成基準書には中央競馬のオープン競走とダートグレード競走のグレード競走が記載され、中央競馬のグレードとダートグレード競走のグレード(この二つは後述する)が記載されているが、パート1に記載された一部の競走を除き、大半の競走はICSCが定める作成基準では、せり名簿に記載できないグレードとなっている。中央競馬では国際競走を増やすなど、パート1入りを目指した努力を行っている。

国際せり名簿作成基準書 http://www.tjcis.com/otherServicesDisplay.asp?section=5

日本国内でのグレード制
中央競馬では、サラブレッド系種の平地競走において1984年より導入された。日本におけるグレードは外国のそれとは異なり、主に競走の興行ランクにより格付けを表しているためジャパンカップや宝塚記念等一部パート1に記載されているレースを除き、国際的なグレード制(グループ制)と互換性がない。このため、通常日本で「グレード制」という場合は国内のグレード制を指し、日本ではパート1に記載されているグレード・グループのことを特に国際グレードと呼ぶが、両者を混同して用いることもある。

1995年から中央競馬と地方競馬の交流が盛んとなったため、1997年4月よりダートの重賞において統一グレード制を導入。このグレードは中央競馬とのグレードとは整合性がある。

1999年より、障害競走でもグレード制(J・GI、J・GII、J・GIII)が導入された。ジェージーワン(J・GI)もしくはジャンプグレードワン等と呼ぶ。

1996年の番組改革によりグレードワンの競走が増え、その後も各路線の充実を図る為に少しずつ増えている。2006年には新たにヴィクトリアマイルが創設され、平地競走のグレードワン競走は22レースになる。レースの乱立により、逆にグレードワンの威厳が薄れるのではないかという危惧の声も見られる。

南関東などの地方競馬では上述の統一グレードとは、全く別の独自グレードが定められている。その場合は混乱防止の観点からローマ数字(GI, GII, GIII)ではなく、アラビア数字(G1, G2, G3)を使用することが多い。 但し、南関東で行われるダートグレード競走では、南関東独自のグレードも付与されるため、例えば関東オークスは「統一GII・南関東G1」といったダブルグレードとなっている。 また、ホッカイドウ競馬や東海地区などでは、ダートグレード競走については独自グレードはつけず、ダートグレードのグレードをそのまま用いて、ダートグレードを独自グレードより上に扱うような対応を取っている。

なお、ばんえい競馬については、使用する馬の種類が平地競馬とは全く異なる「ばんえい馬」(重種)と呼ばれるものである為、完全に独自のものである。

グレード制参考データばんえい競馬(北海道市営):BG1(ばんえいグレード)、BG2、BG3
ホッカイドウ競馬:H1、H2、H3
南関東地区(浦和、大井、船橋、川崎):G1、G2、G3
東海地区(名古屋、笠松):SPI(スーパープレステージ)、SPII、SPIII
佐賀競馬:KG1(九州グレード)、KG2、KG3
(岩手:水沢・盛岡、金沢、兵庫:園田・姫路、福山、高知の各競馬場はグレードによる格付けはない)



タグ:グレード制
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繋駕速歩競走(けいがそくほきょうそう)とは

繋駕速歩競走(けいがそくほきょうそう)は競馬のレースの一種です。トロットレースともいわれます。

これは騎手が競走馬の後にある繋駕車(馬車)に乗ってレースをするもので、4本の脚(肢)のうちの2本以上地面についていないと失格となる、いわば競歩レースの競馬版的な要素をもっている(実際には中央競馬の場合、3回もしくは30m以上キャンターで馬を走らせた場合に失格になった)。その他平地競走との違いは騎手がドライバーと呼ばれることや、サラブレッドではなくスタンダードブレッドを初めとしたトロッターが競走馬として使用されること、発祥が古代の戦車競走に由来すること等である。

日本ではかつて兵庫県にあった鳴尾速歩競馬会でそれ専門のレースを開催した事例があった他、日本競馬会→国営競馬とその流れを汲む現在の日本中央競馬会でも、1968年12月の中京競馬場での開催までレースが行われた。その後も1971年までレースが行われていたが、同年6月に盛岡競馬場でレースが行われたのを最後に廃止され、それ以後日本国内での馬券発売を伴うレースは行われていない。(競馬法施行令第5条および17条の4により中央・地方競馬とも法令上は施行できる。ただしアトラクション等でレースが行われた例はある)

海外ではヨーロッパや北米、オーストラリアの各国で頻繁に行われている。特にフランスやイタリア、北欧諸国では、日本で一般的に行われている平地競走よりも繋駕速歩競走の方が盛んである。もちろん繋駕速歩競走を題材としたゲームも多数有り、優秀なスタンダードブレッドを生産して世界を舞台に戦う事ができる。

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柏木 集保とは

柏木 集保(1948年 - )とは

競馬評論家。長野県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。

1973年に競馬新聞「日刊競馬」を発行する日刊競馬新聞社に入社し、以後同社にて長年にわたり競馬予想を担当。1983年からは同紙の本紙予想を担当、現在は同紙の編集長を務める。日刊競馬の看板予想家である。

同紙のコラム「編集長の競馬」を担当。血統、走破タイムなどから多角的にレースを推理、寸評し独自の予想スタイルを貫いている。

中央競馬ワイド中継(独立UHF放送局)に出演しているほか、日刊競馬のCMにも出演している。

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競馬評論家とは

競馬評論家とは

競馬に関する評論活動を業とする者のことです。
日本においては、主にトラックマンや文化人、芸能人、引退したホースマンなどが競馬に関する言論活動を行う中で競馬評論家として認識されていくことが多い。

日本においてはメディアによって競馬のギャンブルとしての側面が強調される傾向が強く、ギャンブルから切り離された競馬評論は稀である。競馬評論家を名乗る者がスポーツ新聞やテレビ・ラジオなどにおいて予想行為を行うことも多い。

タグ:競馬評論家
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騎手一覧

騎手一覧

騎手一覧(きしゅいちらん)は日本中央競馬会(JRA)に所属している(もしくは所属していた)騎手、地方競馬全国協会が騎手免許を発行した騎手、そして日本以外で騎乗している主な騎手の一覧である。

中央競馬騎手一覧

あ行
赤木高太郎(元・兵庫)
秋山真一郎
東信二(引退)
安藤勝己(元・笠松)
飯田祐史
池添謙一
石橋守
岩田康誠(元・兵庫)
上村洋行
江田照男
蛯名正義
大崎昭一(引退)
大西直宏
岡潤一郎(故人)
岡部幸雄(引退)
小野次郎

か行
加賀武見(引退)
梶晃啓
勝浦正樹
加藤和宏(引退)
嘉堂信雄
金折知則
川島信二
川田将雅
河内洋(引退)
菊沢隆徳
菊沢隆仁(引退)
岸滋彦(引退)
北村宏司
熊沢重文
栗田勝(故人)
郷原洋行(引退)
郷原洋司
小島貞博(引退)
小島太(引退)
後藤浩輝
小牧太(元・兵庫)

さ行
佐藤哲三
四位洋文
塩村克己(引退)
柴田善臣
柴田政人(引退)
柴山雄一(元・笠松)
嶋田功(引退)
嶋田潤(引退)
菅原泰夫(引退)
芹沢純一

た行
高田潤
高橋亮
武邦彦(引退)
武幸四郎
武豊
太宰啓介
田嶋翔
田島裕和
田島良保(引退)
田中勝春
田中剛
田原成貴(引退)
田村正光(引退)
常石勝義
角田晃一

な行
中舘英二
中野栄治(引退)
中野渡清一(引退)
西浦勝一(引退)
西原玲奈
二本柳壮
野平祐二(故人)
野元昭嘉

は行
函館孫作(故人)
平井雄二(引退)
福永祐一
福永洋一(引退)
藤岡佑介
藤田伸二
古川吉洋
細江純子(引退)
本田優

ま行
牧田和弥(引退)
増沢末夫(引退)
増沢由貴子(旧姓・牧原)
松岡正海
松永昌博(引退)
松永幹夫(引退)
的場勇人
的場均(引退)
丸山勝秀(騎手解任)
南井克巳(引退)
幸英明
村本善之(引退)

や行
保田隆芳(引退)
安田隆行(引退)
安田富男(引退)
安田康彦(引退)
横山典弘
吉永正人(引退)
吉田隼人
吉田豊

わ行
渡辺薫彦
和田竜二

地方競馬騎手一覧

安部幸夫(名古屋)
安藤光彰(笠松)
五十嵐冬樹(北海道)
石崎隆之(船橋)
石崎駿(船橋)
内田利雄(宇都宮 → 岩手 → 笠松 → 浦和 → 兵庫 → 岩手→佐賀(→浦和))
内田博幸(大井)
岡部誠(名古屋)
加藤和宏 (地方競馬)(引退、高崎 → 金沢・調教師)
金子正彦(川崎)
川原正一(笠松 → 兵庫)
北野真弘(高知 → 兵庫)
桑島孝春(船橋)
佐々木竹見(引退、川崎)
佐藤隆(船橋 → 故人)
鮫島克也(佐賀)
菅原勲(岩手)
鈴木啓之(大井)
張田京(船橋)
東川公則(笠松)
松井達也(浦和 → 故人)
的場文男(大井)
御神本訓史(益田 → 大井)
宮下瞳(名古屋)
山本茜(名古屋)
吉田稔(名古屋)
吉原寛人(金沢)
渡辺壮(引退、金沢)

日本以外の騎手一覧キャッシュ・アスムッセン(アメリカ)
ランス・オサリバン(ニュージーランド)
ダミアン・オリヴァー(オーストラリア)
マイケル・キネーン(アイルランド)
リサ・クロップ(ニュージーランド)
ジュリー・クローン(アメリカ)
エリック・サンマルタン(フランス)
ウィリー・シューメーカー(アメリカ)
ブレッド・スコット(オーストラリア)
ゲイリー・スティーヴンス(アメリカ)
アンドレス・スボリッチ(ドイツ)
クリストフ・スミヨン(フランス)
ケント・デザーモ(アメリカ)
ジャンフランコ・デットーリ(イタリア)
ランフランコ・デットーリ(イタリア)
ミルコ・デムーロ(イタリア)
コーリー・ナカタニ(アメリカ)
ダリオ・バルジュー(イタリア)
レスター・ピゴット(イギリス)
ダレン・ビードマン(オーストラリア)
リチャード・ヒューズ(イギリス)
キーレン・ファロン(イギリス)
オリビエ・ペリエ(フランス)
ダグラス・ホワイト(南アフリカ)
アラン・ムンロ(イギリス)
クリストフ・ルメール(フランス)
ロシェル・ロケット(ニュージーランド)
マイケル・ロバーツ(南アフリカ)
ブレット・ドイル(イギリス)
タグ:騎手一覧
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競馬学校とは

競馬学校とは

日本中央競馬会の騎手、調教師候補生を育成する機関として千葉県白井市にある施設のことである。開校は1982年3月23日(騎手課程・厩務員課程のそれぞれの第1期生の入学式は騎手・4月12日、厩務員・4月1日)。開校以前は東京都の馬事公苑内に騎手養成所として運営されていた。

競馬学校のカリキュラム
同校は3年間課程による騎手課程と、半年間課程の厩務員課程の2つのカテゴリーから成り、全寮制(期間中は年末年始などの帰省時期を除き学校内の生徒寮で合宿生活を送る。中でも騎手過程在籍者にとって一番神経を使うのは体重管理で、在学中はもちろん、帰省時期中も減食等で体重を44s以下に維持しなければならない)の規則正しい生活環境をこなしつつ、騎手過程では騎手としての基礎体力訓練から騎乗技術、厩舎での厩務訓練、また3年生の冬季には実際の競馬場を使っての模擬レース(卒業記念レース相当)も行われる。

また厩務員課程は競走馬に騎乗できる実力を持っている調教師候補生を対象に募集が行われているので、育成牧場等で労働経験が無いと入学はほぼ不可能(願書には牧場での勤務期間、1Fの追い切りタイムを記入する欄もある)。訓練期間は半年間で、調教訓練、厩舎・競走馬管理、装蹄等の訓練が行われる。

騎手課程に在籍する生徒は髪の毛を丸刈りにしなければならないという暗黙の了解があるようである。騎手過程に在学している生徒には16歳から19歳ぐらいまでの生徒がほとんどだが、現在でも競馬場などで在学中の生徒を見かけると丸刈りまでは行かなくてもそれに近い髪型の生徒がいる。厩務員課程には年配者もいることからそのようなことは無いらしい。

なお中央競馬では新規の騎手・調教師の開業の基点を毎年3月1日に定めている(競馬開催のそれは1月1日となっている)。

また、ジャパンカップなど、日本の国際指定競走に出走を予定している外国馬のために、検疫を行うための厩舎などが設置されている。

騎手学校の募集時期
騎手過程 年1回(入学4月)
厩務員課程 年4回(入学1月、4月、7月、10月)

騎手学校関連キーワード
地方競馬教養センター
タグ:競馬学校
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騎手とは

騎手とは

馬を操縦する人のことをいいます。

競馬の場合では、平地競走や障害競走では馬の背に騎乗するが、ばんえい競走や繋駕競走ではそりや馬車の上に乗り操縦する。また騎手は自分の体重を含めて指定された斤量で騎乗することが求められる。

また落馬した場合には、落馬した地点に戻って再騎乗をしなければ、決勝線に到達しても正規の到達とはみなされない。そのため再騎乗をあきらめて競走中止となる場合が多い。

なお英語で騎手を表すジョッキー(jockey)は、ジャックやジョンの蔑称であるジョックに由来する。ジョックは後にジョッキーと訛り、単に競馬好きや馬好きを表すようになった。かつてイギリスの競馬施行体であったジョッキークラブも元々は競馬愛好家の集まりである。現在のような意味になったのは、騎手や調教師、馬主が分業されるようになった19世紀以降のことで、古い英語が残るオセアニア諸国等ではライダーと呼ばれることが多い。繋駕速歩競走ではドライバーと呼ぶ。

騎手の日本での免許制

日本では騎手になるためには騎手免許が必要で、中央競馬・地方競馬と別々の免許である。

中央競馬では日本中央競馬会が、地方競馬では地方競馬全国協会がそれぞれ発行しており、有効期限は1年間で、続けて騎乗する場合には1年毎に更新のために試験を受ける必要がある。なお調教師免許等と同時に取得することはできない。

また障害競走が行われる中央競馬では平地競走と障害競走とで別の免許となっている。

騎手の短期騎手免許
指定競走、交流競走、特別指定交流競走で騎手免許がない競走に騎乗する場合には、試験なく「その競走に限定した騎手免許」が交付される。外国の競馬で騎乗している騎手に対しては、日本の調教師・馬主を引受人として臨時に行われる試験に合格した上で、1ヶ月単位の短期免許を1年の間に3ヶ月間まで交付する。詳しくは短期免許の項目に譲る。

騎手のダブル免許制と安藤勝己騎手2003年2月までは中央競馬・地方競馬の両方の免許を持つ騎手は存在しなかったが、2003年2月当時、笠松競馬所属であった安藤勝己騎手が中央競馬の免許試験に合格し、同時に地方競馬の騎手免許の取消願を提出した。

この時、地方競馬全国協会はダブル免許を容認し、中央競馬の免許の取得による免許の取消には応じなかった為、2003年3月1日から安藤勝己騎手は中央競馬と地方競馬の両方の免許を所有することとなった。この時点で日本中央競馬会は、地方競馬の免許で騎乗した場合には中央競馬の免許を取り消すとしていた。

更に、安藤勝己騎手が地方競馬の交流競走に騎乗した時には、地方競馬全国協会はすでに免許があるとして、短期免許は交付しなかった。従って日本中央競馬会は特例として認めざるを得ない状況になり、特例を適用した。

2003年6月16日に地方競馬全国協会は安藤勝己騎手の地方競馬での騎手免許を取り消した。

騎手の調騎分離

現在、中央競馬及び地方競馬では騎手免許と調教師免許を同時に持つことはできない。つまり、調教師が自分の管理する競走馬に乗ってレースに出走することはできないわけである。

これは当然のことと思われがちであるが、1930年代以前は「調教師兼騎手」は珍しい存在ではなかった。大久保房松などは、管理馬に騎乗して日本ダービー制覇を達成している(1933年、カブトヤマ)。

調教師と騎手の業務が厳格に分離されるようになったのは1938年、日本競馬会が「職制分割、調騎分離」のスローガンの下、兼業を禁止して以降である。

騎手の養成
平地競走の騎手は50数キロ(日本の場合、最も軽いケースで48キロ)での騎乗が求められることから、体重に関しては人一倍神経を必要とし、なおかつ馬に騎乗し、その操縦を行うという高度な技術が必要である。 従って、一般の素人を騎手にすることは至極困難なことであり、よって養成が必要なスポーツである。

騎手の養成機関
中央競馬では1982年、騎手養成機関として競馬学校が設立され、騎手課程が設けられた。養成期間は3年間。それ以前は騎手候補生が騎手講習会(長期講習と短期講習とがあった)を受けた後、騎手免許試験を受験する制度が採用されていた。

競馬学校の受験資格は、年齢は中学卒業から20歳まで、体重は育ち盛りの年頃であるため、入所時に44キロ以下。

地方競馬では地方競馬教養センターがある。ここでは2年間の長期課程と6ヶ月の短期課程が設けられている。短期課程は主に競馬場での厩務員や調教助手などの経歴者、並びに海外の騎手免許を取得しレースに出走した騎手を対象としたものである。

どちらの機関でも、卒業前に騎手免許試験を受験し、騎手免許を取得させた上で、晴れて騎手となる。騎手免許が取得できない場合もあり、この場合に騎手になるためには再度試験を受ける必要がある。騎手免許の取得は中央競馬では3月1日、地方競馬は4月1日を基点としている。


騎手の所属
調教師を頂点とする厩舎制度において、騎手は厩舎に所属し、調教師からさまざまな指導を受ける。

主催者側の養成機関ができる以前は、騎手を志すものは文字通り調教師に弟子入りし、厩舎の雑務をこなしながら技術を習得するという徒弟制度的な制度が採用されていた。そのため師弟関係の精神的な結びつきは非常に強く、騎手となりキャリアを積んだ後も出身厩舎への帰属意識が強かった。また調教師も門下生に管理馬を優先的に乗せるケースが多かった。

現在では競馬学校、地方競馬教養センターともに最終学年で実際の競馬の厩舎に所属し、調教などの技術指導を受けるカリキュラムがある。騎手免許を取得すると、主に最終学年で指導を受けた厩舎に所属して騎手の生活をスタートさせる。これは特に中央競馬についていえることであるが、その関係は師弟関係というよりもむしろ調教師が騎手の身元引受人になるという意味合いが強く、精神的な結びつきが希薄である場合も多い。騎手は一定の期間が経過すると所属厩舎を離れフリー騎手としてひとり立ちすることが多く、また、厩舎が所属騎手に優先的に騎乗を依頼することも以前より少なくなっている。

フリー騎手
中央競馬では厩舎に所属しない騎手が多数いる。このような騎手をフリー騎手と呼ぶ。以前は実績のある騎手が所属厩舎と疎遠になったり、所属厩舎が解散したことを契機としてフリー騎手になるケースが多かったが、最近では一定期間を経過した若手騎手が実績に関係なくフリー騎手になるケースも多い。逆にフリーでやっていた騎手が厩舎とのつながりが生まれて厩舎に所属することもある。

地方競馬ではフリーの騎手では認められておらず、必ず厩舎に所属する。期間限定騎乗騎手、短期免許でも同様である。内田利雄騎手が地方競馬初のフリー騎手と言われることがあるが、それは一定の競馬場に長期間所属しないという意味であって、それぞれの競馬場では厩舎に所属している。

騎手の収入
騎手の収入は主に以下の二つに分けられる。

競走に騎乗することで得られる収入
厩舎の手伝いをすることによって得られる収入
競走に騎乗した際には、主に以下の二つが騎手の収入となる。

賞金を得た場合には、その賞金の数%(日本の平地では5%、障害は7%)
騎乗手当
従って、賞金の多い競走に勝利するほど収入は多くなる。

厩舎の手伝いとは、調教時の騎乗がメインであるが、厩舎に所属している場合には厩舎の一員として、その他の厩舎の雑務一般も行う(競走馬の餌付け・寝藁の交換など)。厩舎の一員として仕事をする以上、厩務員などと同様、毎月厩舎より給料をもらう。ちなみに競馬学校に在籍する騎手候補生は必ずどこかの厩舎所属になることが義務付けられており、騎手としてデビューする際も厩舎所属からのデビューとなる。

騎乗依頼
騎手は競走に騎乗しなければ始まらない。調教中心の騎手もいるが、騎手の最も大きな収入源は賞金からの上納金である。

騎乗依頼は主に以下のように決められることが多い。

馬主と騎手の関係
調教師と騎手の関係
所属している騎手は当然として、同じ厩舎で働いたという関係で兄弟子、弟弟子等などのつながりがある。
成績上位の騎手
当日、空いている騎手
この辺が複雑に絡みあって競走への騎乗が決まる。中でも同じ騎手に何度か続けて騎乗してもらう場合、主戦騎手と呼ぶ。

エージェント(騎乗依頼仲介者)
中央競馬においては、騎手のエージェント(代理人)を介在した騎乗依頼も行われている。エージェントは、多くの場合競馬新聞の記者やスポーツ新聞の競馬担当記者が務める。記者の中には複数の騎手のエージェントを兼ねる者もいる。エージェント制度について、中央競馬の主催者であるJRAは長らくその存在を公式に認めていなかったが、2006年4月に「騎乗依頼仲介者」という名称で存在を公認。同時にJRAへの届出を業務を行うための要件とした。

騎手に対する制裁レース前あるいはレース中の騎乗に際し、騎乗した馬を制御できなかった(御法不良<<みのりふりょう>>)ためにレースに支障を来したり他の競走馬の進路を妨害するなどした場合、あるいは負担重量がレース前後の検量で発表していた斤量と異なっていた場合、その他スポーツマンシップに欠ける騎乗や言動(無断欠勤、競馬施設内での暴力行為なども含まれる)を行った場合などは、競馬法施行規定第126条・第1項の規定で制裁を受けることがある。

制裁はその内容によって過怠金(いわゆる罰金)が科せられる。審議により降着以上になるような悪質な場合には一定期間の騎乗停止(中央競馬の場合、馬の癖による斜行の場合は2日間、その他明らかに騎手の判断ミスなどによる場合は一般的には4日間〜6日間までだが悪質な場合それ以上の期間に延長される場合あり)を受けることになる(降着処分にならなくても騎乗停止処分を受けることはある)(また当該の競走馬に対しても再調教をして調教検査に合格するまで出走停止の措置が執られる場合がある)。

またこれらの制裁はポイントにも置き換えられ、30点をオーバーすると競馬学校やトレーニングセンターで騎乗技術などの再教育を受けることが義務付けられている。具体的には

パトロールビデオを活用した技術指導
競馬施行規程に関するテスト
精神訓話
基本乗馬技術の再教育
性格テストの結果による精神面の指導
特別講義
といった内容のカリキュラムが、制裁事由、制裁歴、技術の程度、年齢などを勘案した上で実施される。

騎乗停止の制裁は、中央競馬・地方競馬相互間および外国との競馬相互でも適用される、騎手交流競走などで騎乗停止処分を受けた場合、それに準じて騎手の所属競馬団体でも騎乗停止の処分を受けることになる。

バレット
バレットとは、レース開催時において騎乗時に使用する道具の準備・斤量の調節など騎手のために雑務をこなす存在である。バレットは競馬場内では青いビブスを身に付けている。

中央競馬においては、バレットは法的には騎手個人に雇用されるという形態をとっており、JRAはほとんど関与していない。そのためバレットには男女経歴問わず無資格でなることができる。バレットはその騎手の身内(兄弟姉妹)や友人など親しい間柄にある者を雇用している場合が多い。当然のことではあるが、就労中に得た情報の漏洩や勝馬投票券の購入は禁止されている。


騎手関連キーワード
競馬学校
見習騎手
騎手一覧
勝負服 (競馬)
主戦騎手
タグ:騎手
posted by 競馬の錬金術師 at 07:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬用語集 か

凱旋門賞

凱旋門賞とは

競馬の世界最高峰レースの一つで、1920年創設されました。
3歳馬と古馬(4歳以上)のトップクラスが集まります。

過去84回で3歳馬が52勝しています。
英ダービー(6月)、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス(7月)と合わせて「欧州3冠」と呼ばれています。
総賞金は200万ユーロ(約2億9000万円)です。毎年10月の第1日曜日に開催されます。
タグ:凱旋門賞
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カンパイとは

カンパイとは

発走委員がちゃんとした発走ではないと考えた場合に発走をやり直すことです。

ゲートから200m位の地点に白旗を持った係員がいて、発走委員の合図を受け、白旗を振り騎手に発走のやり直しを知らせます。

カンバイといいます。
語源は英語のカムバック(戻れ)といわれています。
タグ:カンパイ
posted by 競馬の錬金術師 at 19:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬用語集 か

変わり身とは

変わり身とは

休養明けを一度叩かれ馬が、次のレースで好走した場合「変わり身があった」といいます。

一度使われて馬がレース感を取り戻し、それが2度目で実を結ぶ実例は多いのです。

それだけに休養明け2戦目は、変わり身期待で実力以上の人気になることがあります。

しかし休養の長さ、休養中の調整度、または馬のタイプによって、必ずし変わり身があるとは限りません。
タグ:変わり身
posted by 競馬の錬金術師 at 19:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬用語集 か

ガレるとは

ガレるとは

馬の疲労が抜けず、体重が減り、毛づやがさえなくなり体調が低下している状態のことをいいます。

また飼葉を食べなくなり、体が細くなった時に「体がガレている」といいます。
タグ:ガレる
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確定とは

確定とは


勝馬や着順が決定されることです。

着順掲示盤の到達順位が点滅から点灯にかわり、「確」の文字が点灯されます。

競馬はゴールして掲示盤に着順が出ても決定ではありません。

入着馬の騎手は検量室で後検量を受け、規定以上の増・減量がなかったかの検査を受けます。

さらに各監視塔から送られてくる映像を見てレースが公正に行われたかどうか、進路妨害や事故がなかったかどうかの確認がすんだ後、はじめて着順が確定します。

レース終了後5分ぐらいで着順掲示盤に確定の文字が点灯するのが普通です。

審議中には審の文字が点滅します。

馬券はそのレースが確定するまで破らず、必ず持っていましょう。
タグ:確定
posted by 競馬の錬金術師 at 18:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬用語集 か

勝馬投票券

勝馬投票券とは

「馬券」は俗称で、「勝馬投票券」が正式な名称です。

明治時代には「馬券」という語が公用語であり、一般は「あな札」、「賭け札」ともいわれていました。

「勝馬投票券」は法律用語ですが、これは大正12年の競馬法制定のさいに用いられました。
そのまま現在も使われています。

現在名古屋競馬では6種類に分けられ、単勝式、複勝式、枠番連勝複式、馬番連勝複式、枠番連勝単式、馬番連勝単式まであります。

タグ:勝馬投票券
posted by 競馬の錬金術師 at 02:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬用語集 か

格上げ

格上げとは

レースの格付けは、いろいろあるが、獲得した本賞金の額により上のクラスへと昇級していきます。

馬がレースに出走して勝ち、上のクラスに昇級した場合、これを格上げといいます。

格上げとなった初戦はこれまでより強い相手とあたることになるので、苦戦する場合が多く、馬券の購入には注意が必要です。
タグ:格上げ
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返し馬

返し馬とは

パドックから本馬場に入場してきた馬が発走時刻まで馬場のあちこちに散ってする足ならしのことをいいます。

馬のウォーミングアップといってよいでしょう。
タグ:返し馬
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飼葉

飼葉とは

競走馬の食料のことで、殻類(日本では主にエン麦)、殻類副作物(ぬか類)、マメ類、油粕類、草類、分類されます。

これらの原料を組み合わせて配合飼料として用いています。
タグ:飼葉
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戒告

戒告とは

レースやその前後の過程で、公正かつ安全な競馬に対する注意義務を怠った騎手また調教師に課せられる制裁のひとつです。

過怠金を徴収するには至らないが、口頭で厳重に注意されます。
制裁の中では最も軽いものです。
タグ:戒告
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飼い食い

飼い食いとは

馬の食欲のことです。
飼い食いが良い、とか悪い、というように使われます。

飼い食いが良過ぎると太めになり易いので注意が必要です。反対に食欲がない時は人間でもそうですが、どこか具合が悪いので厩舎関係者はその原因を早く知ることが大切です。
発情期の牝馬は大抵、飼い食いが細ります。
タグ:飼い食い
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