小牧 太

小牧 太(こまき ふとし、1967年9月7日 - )は日本中央競馬会(JRA)の騎手である。鹿児島県出身。2004年に兵庫県競馬組合から移籍。兵庫時代の勝負服の柄は緑胴、赤山形一本輪、そで赤。弟は兵庫県競馬組合所属騎手の小牧毅。

来歴
兵庫所属時代
兵庫県競馬組合の曾和直榮厩舎に所属。初騎乗は1985年10月30日で初勝利は同年11月3日。曾和厩舎の主戦騎手として、楠賞全日本アラブ優駿3勝など数々の重賞を制覇した。当時、兵庫県競馬に長く君臨していた田中道夫(現・調教師)に引導を渡したのも彼である。兵庫県でのリーディング獲得は9年連続を含む10回を数え、1994年、1996年には全国リーディングを獲得している。

アラブ時代は縁が無かった三冠 制覇はサラブレッド導入2年目にロードバクシンで達成している。

中央競馬での活躍、移籍
中央競馬での初勝利は1993年のワールドスーパージョッキーズシリーズ参戦時。その後、兵庫県競馬にもサラブレッドが導入されたことから中央競馬での騎乗も増え、移籍前に重賞を2勝している。この頃から橋口弘次郎厩舎の所属馬に騎乗する機会が増えた。

2001年、2002年に中央競馬で20勝以上を挙げ、JRAの騎手試験の一次試験の筆記試験(国語・数学・競馬法規)が免除され二次試験(技能試験と面接)から受験できる資格を得た。2003年の同試験に合格し、2004年にJRAへ移籍。兵庫県競馬組合所属としての最後の勝利は、特別に「フェアウェルステージ」と改称されたレースで同じくJRAへ移籍する赤木高太郎をマッチレースの末、クビ差抑えてのものだった。通算勝利は3376勝。

日本中央競馬会移籍後
移籍後の初騎乗は2004年3月6日、初勝利は翌3月7日。しかしJRA移籍後は移籍前より下手になっていると陰口を叩かれる事もある。ダイタクバートラム では同じようなミスを犯し、しかもミルコ・デムーロに乗り代わった途端に圧勝されるなど与えられたチャンスを生かせなかった。また、騎乗機会の多かった橋口厩舎の馬でも近年は上村洋行(ペールギュントなど)や藤岡佑介(ローゼンクロイツなど)に委ねられる事が多くなってきている。

それでも移籍4年間で重賞を9勝(地方込み)、2006年2月26日の阪神第2レースで中央競馬通算200勝、2007年10月7日に中央競馬通算300勝を達成している。2007年2月3・4日には小倉大賞典・シルクロードステークスと2日間で重賞2勝するという偉業を達成している。

2008年4月13日、桜花賞をレジネッタで制し、JRA移籍5年目にして初のJpnI(GIを含む)勝利を飾った。同年のスプリングステークスをスマイルジャックで制するなど同年のクラシック世代で活躍していることから、桜花賞実況の馬場鉄志(関西テレビアナウンサー)をして「今年は小牧の年か!」と評するなど、今後の活躍が期待されている。なお、桜花賞以後もレジネッタを優駿牝馬で5番人気3着、東京優駿ではスマイルジャックを12番人気で2着に好走させ、それぞれのレースで3連単44万馬券、20万馬券となるのに一役買うなど、2008年の3歳春クラシックを盛り上げたジョッキーの一人である。

なおJRA所属となってからも兵庫への参戦は活発で、2004年は条件レベルの交流戦を中心に地方全体で10勝を挙げ、兵庫での重賞成績は4戦2勝2着2回。三冠の園田ダービー、菊水賞では兵庫所属のホクセツガーデンに騎乗している。なお2007年現在でも時々兵庫で地元馬に騎乗する事があるが、岩田康誠 のように以前の勝負服を着用する事は無い(毅が勝負服を受け継ぐ前から)。ただし、緑色ベースの貸し服を着用するのでかつてのイメージは残されている。


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posted by 競馬の錬金術師 at 06:41 | 騎手 か行
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